「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

大学を卒業し、肩書きをなくしました。

大学を卒業しました。

四年と半年通いました。

 

琉球大学という沖縄にある大学です。

 

卒業を認めるという張り紙を、夜中に友達と見に行きました。

そこに自分の番号があって、なんだかハイでした。卒業ハイ。

 

番号がのっているか見るのが怖い。

それってまんま合格発表のときの感覚と同じでおかしかったです。

 

10年前の自分に話しかけても信じてもらえないような四年半の沖縄での生活。

6年前、17歳のタイミングで生まれ育った東京から愛知に移った自分。

5年雨、先のことなんて何もわからないよと投げやりになりながらも、大学進学を決めてくれた自分。

(支えてくれた先生たち、家族。)

 

そのあたりの自分と、久しぶりに出会い、なんだか遠くまできたねぇとしみじみしています。

 

わたしはもう、自己紹介のときに「大学生です」と言わないんだなと、それで自分を説明できなくなるんだなというのが、今一番実感している変化です。

 

「今は何やってるのー?」

に対して、あれもこれもやってるけど大学に在籍しています、と答えると、聞いたひとは「うんうん、いいねいろいろできるのも今のうちだね」と答える。

その会話ともお別れか~とニヤニヤが止まりません。(いや、ドキドキもあります。)

 

自分がどういう人物なのかを説明する際に、最も簡単な方法は所属を伝えることなのかもしれません。大学生です、~~社のなになにです、~~という職業のなになにです。

 

もしくは社会において果たしている役割を伝えることも有力な方法だと思います。何人の子どものお母さんです、とか。

 

わたしはというとまだまだ「日高春奈です」の一言では説明がつきませんが、今のところ一番しっくりきているのは、ある尊敬する俳優の方にいただいた「表現者」というラベルです。わたしの生き方は表現者としての生き方だろうと、自分でもそう思い、とても納得しました。

 

昨日の夜、おばあちゃんに合格の報告を電話でしたときにも「それで、これからどうするの?」と。

 

cafe unizonというすんばらしい場所で働きながら、カラーセラピストとしても活動し、書き起こしのお仕事を通じていろいろな働き方や生き方を見つつライター修行をし、ウクレレと共に歌うことも続けますし、素敵なお誘いをいただいたので演劇やラートを使ったパフォーマンスもスタートしていきます!

と元気いっぱい答えました。

 

おばあちゃんは「その日暮らしじゃないの」という心配だけしていました。

数年前、いや、一年前の自分だったらきっとおばあちゃんはもっと違う心配をしていたんじゃないかと思うわけです。たぶん。

 

どこか一つの場所にしっかりと根を張り行きていくことも本当に素晴らしいと思います。肩書きで説明ができるのもかっこいい。でも、わたしのような生き方もあっていいのではないかとも思っています。今の自分の状態ってごちゃごちゃとしていてうまい言葉は見当たらないけれど、でも、たくさん抱えた点が何かの絵になる瞬間が、近い未来か遠い未来か絶対訪れるという確信と共に。

 

いろいろなお仕事を通じて、表現の場を通じて、誰かと出会い、仕事が生まれ、また誰かと出会い、何かをつくる。その繰り返しの先に、きっと今の自分が思い描いているような社会があるはず。その「目指す社会」の実現した未来と今をつなぐと、そこには「姿として発信する」という今の段階でのすべきことが浮かび上がります。

 

「姿として発信する」のは表現者としてのそれです。だから、ちょっと上のほうで書いた「表現者」のラベルをはれる自分になるために、今はとにかく「表現」のツールを見直していこうと決めました。

 

文章、ラート、歌や音楽、カラーセラピーや、子どもたちと過ごしている姿。

 

今、手元にあるツールを、きちんと磨いてピカピカにして、もっともっともっともっと演じたいと思います。

何をだろ、人生の主人公を!なんちって!

 

また、目指している社会の話も更新します。

ピカピカ!

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