「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

自分の人生を生きている様子を発信するということ

ブログを書いては消し、書いては消し、を繰り返している。

カラーセラピーのお客さんが60人を超えたくらいで、「我を消すこと」を覚えた。今までは感覚的にやっていたそれが、お客さんたちのおかげで自分の発言が「我」なのか違うのかがわかるようになった。

 

「我」を消すことになれると、今度はブログが書きづらくなった。なぜかというとこれは「我」の塊のようなものだけれども誰かに読んでほしいと思いながら書いている文章だからだ。そして、誰かに響く文章というのは、やっぱりどこか「我」を超えたものがあるような気が過去のブログのアクセス量の推移からもわかるような気がしている。

 

「誰かのために」何かをするというのは大抵うそだと思っていて、それはその思い自体が「我」であるからだと思っている。それがわかるのは、自分が「誰かのために」を頑張ってみた時期があるからだ。それも10年近く。

 

でも、いつのときだって「誰かのために」はわたしを幸福にしなかったし、周囲のひとも幸福にしなかった。そして、それを諦め、自分のために生き始めた時、最初はやり過ぎてしまって「行き過ぎだ」と嫌われ離れていくひともいた。だけれども、ちょうど良い塩梅になってきた頃、わたしの周りのひとは以前よりも幸せそうに見えた。

 

「我を消す」というのは、何も自分以外の者になろうとすることではない。自分というフィルターを通して、底の方から情報を流すようなイメージだ。ずっとずっと身体の底、そこはたぶんユングのいう超自我のようなもので、みんなが共通してもっているとされる「共通的自意識」なのだと思う。(共通意識だったかな、用語はどうも覚えられない!笑)

 

誰かに読んでほしいという欲求が1記事目から溢れ出ているわけだけれども、50記事を超えたくらいで「伝えたい何か」が溢れてくるようになった。そしてそれは自分と向き合い、人生の純度を上げていくという課題のなか、わりと大勢のひとの反響をもらうものに。

 

読んだ人が「きもちが樂になりました」とか「生きるのが楽しくなりました」とか、そういうメッセージを届けてくれるようになったのもこの頃だったし、心屋仁之助さんがシェアしてくださって一日に1万人とか2万人とかのひとがブログを読んだのもこの頃だった。

 

でも、まあそのあと調子に乗ってしまい、やや尖った。「この生き方がいいのかもしれない!」と思って偏った生き方のことばかり書いていた。そして、アクセス数もそれと共に減少し、全盛期?だったときの記事へのアクセスが主な時期がわりと最近まで続く。

 

そのタイミングで叔父から「今、お前の発信は尖っていないか?」「尖っているかどうか判断するのは簡単だ、童話を書いてみろ」「お前は誰もがニコニコしてしまうような、子どもに読みたいと思わせられるような童話が書けるか?」と言われ、がちょびーん!となる。

 

書けないなと思ったのだ。

 

その頃から、より自分としっかりと対峙するようになり、日々湧いてくる言葉について、会話について、出来事について、いろいろな目から読み解くようになった。この読み解きが終わったとき、ハッキリとわかったことが「等身大に書く」ことの大切さと、「自分を生きる」ことの重要さだった。

 

そして、その気づきを大切にしながらブログを書いていったところまたアクセスが戻り、よろこんでくれるひとも増え、カラーセラピーのお客さんも増え、何より自分も生きていくことをよりエンジョイできるようになった。

 

画を消せば何もかもうまくいくとかそういうことが言いたいのではなく、今はなんだかブログがちょっと書きづらいんだけれども、でもこの「我を消す」感覚はわりと気に入っているし、これはこれで人の役に立つんだなということを実感していて、面白い。

 

自分を生きることで人生ってこんなに楽しいのか!と実感して、それを発信する。そのなかで気づいた普遍的なことはしっかりと書き必要な誰かに届ける。そして、その生き方をみたひとが「このひとに会いたい!」と思ってくれたひとがカラーセラピーで会いに来てくれるし、その全体的な様子をみている誰かが司会のお仕事なんかをくれる。

 

いい感じだ!

 

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これこないだ司会のお仕事したとき!ちょー緊張した、体型が少しずんぐりむっくりだなぁと思ってちょっと落ち込んだけど、楽しそうな顔でよかった。笑