「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

やっと、新卒捨てた自分を肯定できた!

 

大きな戦争を終え、がむしゃらに頑張り、経済的にぐぐぐっと成長し、消費の喜びを満喫。

その後、バブル崩壊を経て、経済的な喜びよりも家族や人の繋がりに重きが置かれはじめたり、より革新的な技術に人々の注目が集まる。

でも、ふと目の前の暮らしではなく世界を見ると、自分の生まれ育った国が本当に必要なのかわからない戦争に加担。その後立て続けに国のトップは交代、リーマンショックが起きてあっちゅう間に更に不況に。

 

みたいな感じに移り変わってきた世間のなかで、ぽんっと生まれて、ぱぱぱとでっかくなり、「そうだ、沖縄の大学だ!」と思い立ち沖縄に移住して4年と半年が過ぎました。

 

今日ね、車のなかで「これ以上豊かになってどうするんだろう」の話を友人としたの。

 

話の発端は、お金のかかり方についての話。

 

もっと前にさかのぼると、焼き鳥屋さんからその話は始まりました。

(地産地消をテーマにめちゃ美味しい焼き鳥を出してるお店が大学のそばにあってね。)

 

「今大学1年の娘がいるんだよ~」と話してくれたんです。

でね、横から奥さんが「いろいろ考えて定年のない自営業を選んだんだよ」と教えてくれた。

 

焼き鳥屋さんのおじちゃんとおばちゃんはめちゃ幸せそう。

いろんな苦労はそりゃあるけど、楽しそうにお仕事してる様子をみてるの大好きです。

 

けどね、 そこからこの会話は始まったわけです。

決しておじちゃんおばちゃんをバカにしているニュアンスではなく、自分たちはどう生きようかという話。

 

車を持ち、家を借り、教育のためにローンをして、それをまかなうために働き続ける。

それって、実は、中世の頃の生活と何が違うんだろうと、そういう話をしました。

 

まだうまく言語化できないんだけれども、、、。

そして、この考え事を「みんながしなくては!」とか「世界は変わらなければ!」とかそういうことを伝えたいわけではなく、ただただ、今こういうことを考えているよというのを1000分の1つの記事として残しておこうと思って。

 

おじちゃんおばちゃんの世代のひとと、自分たち世代のひと、また役割が違うんじゃないかと思ってて。

 

そう、中世の頃は封建制。

農奴として土地に縛り付けられ、主人のために尽くす。

その生活を続けられたのは宗教があったから。

死んだ後、きっと報われると信じたから。

 

封建制が終わったのは、産業革命のおかげ。

そこから近代へと世界は移り変わっていく。

みんなは「自由」になり、資本主義が始まっていく。

 

でも、少し前の社会学の講義で先生は、「この自由にはカギカッコがついている」と言った。

 

その自由さえも、資本家たちがより豊かになるために、消費者を求めた結果。

農奴でいてもらうよりも、労働者に代わってもらったほうがよいと時代が求めた結果。

 

近代から現代への切り替わりについてはいろいろな議論があって、わたしは全部を知っているわけではないけれど、ポストモダンや、前近代、なんだかいろいろな言い方があって、正直よくわからない。

 

まだ近代と大きな違いがないから、今の時代のことを「現代」と呼べるのだろうかというひともいる。

 

、、、ちょっと長くなっちゃった。

 

大学に入ってからまるでGUとユニクロが新しい制服になったみたいだという話も面白かった。

 

みんな何かの線を感じて、その線からはみ出すものがいないかをお互いに監視する。

 

 

そこから抜け出す生き方を模索することはとてもこわいことに感じるし、わたしの話で言えば、うさとの服をまとうことも、little eagleの服をまとうことも、それで出かけるのも、少しこわい。

 

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こんなに似合っててもね!笑

 

これをきて愛知に帰れるだろうかとか、東京に行くだろうかとか、うーんと思う。

沖縄だからできることもいっぱいある。

 

 

わたしは就職しないことを選んだ。

大学に入学するまでのいくつかの困難や、学費や生活費をだしてくれた家族への思い、助けてくれた大人たちへの思い

、いろいろある。

 

でもどの大人も「自分で選べ」と言ってくれた。

 

わたしは就職しないことを選んだ。

そして、それを数週間悔やんだ。

 

もしかしたら、間違えているかもしれない。

 

けど、これでいいと思った。

 

誰からも搾取しない生き方を探す。

自然と共に生きる方法を探す。

 

そして小さく実践を積み重ねる。

 

決して、世間から抜けることを選ぶのではなく、アナーキーになることを選ぶのではなく。

 

今、ひとりの「世間」をつくる人間としてできることを探し、積み重ねる。

 

 

きっとこの生き方を選んでよかったと思う日がくると今日わかった。

なんでかわからないけれど、そんな気がする。

 

失敗だったとしても、わたしの人生、大いに結構。

たくさん笑って、たくさん泣いて「よく生きた」と思って死ねるならそれでいい。

 

 

ずっともんもんとしながら、誰かへの罪悪感に苛まれ、見せかけの優しさを選択し続けるのはやだと思う。

 

 

(そして、わたしみたいなひとは少ない人数ではなくこの沖縄にもいることをわたしはよく知れた。)

 

 

どんな手法なのかはわからないけれど、とりあえずいっぱいいっぱい経験してみようと思ってる。

 

そして、5年も経てば新卒が就職に有利な時代も終わり、もっともっといろいろな生き方をするひとも増える。

自分で畑をするひとも増えるかもしれないし、方法はわからない。

 

大昔の生活に戻ることが正解だとは思わない。

きっと何か良い方法がある。

 

わたしのご先祖様をたどると、資本家側にいたひとも、国政側にいたひともいれば、農民だったひとも、狩猟民族だったひともいる。

 

少し世代をさかのぼれば、だいたいのひととは家族だ。

 

きっと、いろいろな方法がある。

ちゃんとたどり着ける。

 

 

見つける頃には、一番お世話になったおじいちゃんやおばあちゃんはもうきっとたぶん。

だから、最後まで安心させてあげることとかはできないのかなと思う。

それが一番、あれかなって思う、あれかなって。

 

とりあえず、でも、おじいちゃんがずっと前の夜言ってくれた言葉がある。

 

「何を選んでもええ、ただ、幸せになる道を選べ。不幸になる道だけは選ぶな。」

 

そう言ってくれた。

だからたぶん、たぶん、この道でいい。

 

わからないけれど、この道でいい。

 

きっと、たぶん、きっと!

 

っていうのが芽生え始めた日だったんだ!笑

 

いえ~い!

 

今日一緒に話した友人は、C.ダグラス ラミスのこの本を紹介してくれた。

 

経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか (平凡社ライブラリー)

経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか (平凡社ライブラリー)

 

 

 

読もうと思う、今この選択をした自分に何かヒントがある気がしてる。

 

長かったのに読んで下さってありがとう。

誰かの価値観を変えたい!という思いは微塵もありません。