「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

幸せだった日の考えごと

カラーセラピーのお仕事を大好きな珈琲屋さんの隅っこで。

くるくると表情のかわるお客さんに癒され、ああみんな大丈夫なんだということをまた実感させてもらった。

カラーセラピーのお仕事は、まさに「お金を払ってでもさせてほしい」ことであり、それによってお金を得られるというのがまた喜びなのである。

この感覚はうまく言えないけれども、大きな恵みのなかにいるようなそんな感覚だ。

 

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そのあと、そのまままたまた大好きなカフェにはしご。

大きめのBGMで耳のなかがわんわんとしながら、今度はアイスティーを頼んで飲んだ。

ここで働きたいなと思うものの、履歴書を書くのが億劫でまだとりかかれていない。

 

「一度脳みそを休憩させたい」と今朝facebookに投稿したばかりなのに、こんな速さでもう叶えられている。

音楽に脳をゆらされながら、その音のなかを泳ぐのはとても心地よい。

 

お昼も大好きなお弁当屋さんで同じような感覚におちいった。

あのお店も大好きだ、おばちゃんがとてもいいひとで、いつも台所にいるおじちゃんもよく喋らないんだけどでも「ごちそうさま」には、ニコニコとありがとうと言ってくれるのでそういうところがとても好きだ。

いつもお客さんで賑わっているのもかっこいいなと思うけれど、中で食べるときは人が少ないほうが嬉しいとも思う、わがままである。

かけてある音楽はクラシックだったりジャズだったりいろいろなのだけれど、とにかく壁一面にレコードが収納されているのもまたすごい。

以前一度だけ、フードフレアというイベント時にレコードをかけさせてもらい、そのときにレコードについての説明をうかがってからすっかりレコードのファンだ。

 

レコードにはロマンがあると思う。

なぜあの線からあんなに素朴な音がでてくるのか、一体全体謎だ。

(これがCDやらデータとかになると、もはや謎を超えて考えたくないレベルに達する。わけわからないから。)

線にはそれぞれ情報が彫り込まれ、その波形によって音がでるのだそう。

教えてくれたのがとても優しい丸めがねでひげという、これまた大好きなタイプの男性で、なんていうか心地の良い時間だった。

(超余談だけど、パートナーはマッチョの好青年なのでタイプと全然違うようだけれども、彼は彼で最高だ!と思う。)

 

居心地のよいひとや空間は、そこにかける思いの深さからやってくるのではないかという仮説を持っている。

カフェや、なんらかのスペース、良いホテルのロビーや部屋なんかもそう。

そこに造り手のなんらかの哲学を感じさせるようなカケラがたくさん潜んでいるとなお良い。

ついワクワクしてしまう。

こないだ名護でお世話になったヴィーガンのカレー屋さんのお店もすばらしかった。

ご夫婦で経営されているのだけれども、なんとお二人で廃材を集められ、お家を建てたのだそう!

キッチンから放射状に伸びる美しい白い流木のようなものでつくられた床のアートがたまらなく素敵だった。

 

回想一段落、お店のなかに戻る、今の自分に戻る。

今ね、お店のなかで大笑いしながら『優秀新人戯曲集1998』を読み終え、次の一冊に手を伸ばし始めたところ。

(心の中で、いやいやレポート山のようにあるのによと突っ込みを入れつつ。)

 

本を読むのは、音楽を聴くのにも似ているし、劇をみるようだとも思うし、映画館にいるようだとも思っている。

 

で、すごく面白かった。

『優秀新人戯曲集1998』の全てを読了したわけではなく目についたものをパラパラと読んでいたのだけれど、とにもかくにも最初の一本目の台本が最高だった。

門 肇「こころゆくまで。」

登場する「泥棒」と「警察」の会話たまらなく、舞台がコロコロ変わらないのもまた想像力をかきたてられ良い。

口調も昭和ちっくで愛おしく、垣間見える当時の価値観やジェンダーや政治状況なんかもまた面白さを重厚にしているよう。

井上ひさしの「ブンとフン 」を小学校のときに初めて読んだんだけれども、あの面白さに似ていた。テンポが良い。最高に良い。

 

でも、次に読んだものはもう超苦手だった。

もうとにかくレイプものは大嫌いなんだよな~、とがっくし。

岡崎京子の「リバーズ・エッジ」みたいなストーリーだった。あの二人はこういう風になっていたかな~と思ってその点は面白か・・・いややっぱり苦手かな。

 

だけれども、自分が苦手だ、嫌いだ、と思うからといって、その作品はまったく批判されるべきではない、とも思う。

自分にとってそれがフィットしないからといって、この世界にいらないというかというと、そんなことはまったくない。

合う・合わないの基準は鑑賞する側が自身のなかに持てば良い基準なのであって、それは外に出し表明する必要はまったくない。

(だから、ブログに書くのはやや矛盾している・・・ね!)

 

でも、レイプものもいやだし、極端にアニメ化されている人間をみるのもそんなに好きじゃない。

なんでかなぁ。それを書いているのが「女性」だと、特に不快感はないのだけれども、それを書いているのが「男性」とわかった瞬間になんだかすごく気色悪さを感じてしまう。

 

まあでも、その自分の陣地から出て行って「おい!気色悪いぞ!」と批判するような気持ちもまったくなく。

だってそんなの暴力じゃんね。

読まなきゃいいんだよ、あくまで自分の問題。

(教育の場とか、そういった価値観の伝承が行われる場ではちょっと違うと思うけれども。コンビニのえろ本は子供連れてるときすごいやだなと思うんだけどね。)

 

だから少し前に話題になっていた少年誌のセクハラ?問題も、別にいいのではと思ってる。

だって、プロの編集者がGOサインを出しているわけで、ならまあしょうがないというか、教科書ではなく「商品」なのだから、そこまでの責任はないのでは。

売れなくなったら答えだし、あの頃の作品のほうが面白かったよねーと言われるようになるブランディングならそこまでだし・・・。

 

どちらかというとあの話題でクローズアップされるべきだったのは青少年に向けた正しい性教育の必要性なんじゃないかと。

性に対する間違った認識を広めている!と起こる前に、「何が性か」をきちんと伝えるのは、より経験量の多い大人の役割なんじゃないかと最近よく考えている。

そして、教科書できちんと慰安婦の問題を勉強するとか、、、。

そういういろいろがくっついているような話題だったなと思う。

 

今読みかけの『ぼくは猟師になった 』(千松信也著)もはじめ3ページの時点ですでに面白いのであたり。

あたりの本に出会った時の喜びはかけがえのないもの。

この喜びを享受できるのは、幼い時から文字を読めるように物語を楽しめるようにしてくれた環境なので、ただただ実家に感謝する。

 

というわけで!徒然なる木曜日頼りでした。

頭の中にあったものが文章になって外に出るのは、ほっんとにきもちがいい。

読んでくださってありがとう。

 

今日はこのあともうお一人カラーセラピー。

最高だ。

 

<登場した本>

 

 

リバーズ・エッジ 愛蔵版

リバーズ・エッジ 愛蔵版

 

 

 

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

ぼくは猟師になった (新潮文庫)

 

 

 

優秀新人戯曲集〈1998〉

優秀新人戯曲集〈1998〉

 

 

よみたい

 

優秀新人戯曲集2017

優秀新人戯曲集2017