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22歳、ジェネレーションギャップに悩む。

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ジェネギャ、ジェネレーションギャップに悩む日々が続いていました。

それが終わったのはつい最近、解決の方法は「開き直る」でした。

 

だって、年の差あるんだからしょ~~~~がないよ!

 

そう開き直った瞬間、年上のひとに「確かにそっちの言い分もわかる」な話をしてもらいました。

本当に全ては自分の在り方だなこりゃと思います。

(もちろんしんどい環境にいるのを正当化するのにこれ使わないでね!)

 

で、ジェネギャってなによっていう話から。

 

これはね、「価値観」の違いだと思っています。

 

育ててくれた親の価値観が違う。その親のまた親の価値観も違う。

学校で良しとされた内容も、社会で良しとされた内容も違う。

使っていた機械も、触れていた情報の媒体も違う。

 

だから「恋愛」「お金」「性」「家族」「教育」とかっていう、人生を切り分けたときのキーワードすべてにまつわる価値観で、年齢による差があるんじゃないでしょうか。

だから、いろいろ難しい。

 

たとえば、わたしは20代前半です。

初めて携帯を持ったのは小学四年生のときでした。

小学校の間にテロと戦争のニュースをたくさん見ています。

就職は「大変だ」とされていて、生きのびるためには資格をとって大学に進むのがよしと中学の頃まで言われます。

 

でも、中学の頃にはITが爆発成長。

起業するひとがドッと増え、「好きなことを仕事に」的な、ノマドワーカーのひとも高校の間にずっと増えたように思います。

 

大学を選ぶ選択肢には海外の大学も普通に入ってきて、でも、やりたいことも好きなこともわかんないのに、どうやって進路を?と悩み。

周りのしっかりしてる子はだいたい看護か教職のとれる大学に進みます。

だけど、本当は「好きなこと」「得意なこと」をちゃんと見つけて、やり続けてっていうのが一番よかったな~と最近よく思います。

っていうような、まあ雑だけど、そんな感じの価値観が形成される環境だったわけです。

 

でも上の年代のひとと関われば、戦後がんばって復興してくれたおじいちゃんおばあちゃんのようなひとがいる。本当に立派です。

頑張ることが正義で、ちゃんとしていることが美徳とされた時代。

そして、そうでなければ社会はうまくいかなかったんですよね。

 

その下の世代、バブルを経験し、バブルがはじけたあとに「ひょ~」となった時代。

就職のときは接待旅行があったという話を聞いたときはびっくりです。叔父さんたちがこの年代。

「頑張ることがよし」と教えられ、その後経済のところで消費の喜びを謳歌しまくるみたいな、でも弾けてそのあとめちゃ地道に頑張る、みたいな。

 

で、その子どもがちがわたしの少し上の先輩方。

「いざというとき」のために潰しがきくように資格の勉強や、公務員が人気になった・・・?と感じますが、これは個人差あるのかな。

 

(ちなみにこの年表にそれぞれの政治概念や右・左の要素をいれたり、はやったものや社会運動の様子をプラスするとすっごい面白い。)

 

 

同じ価値観のひとと交わることって簡単です。

わかり合うための共通言語がいっぱいあるから。

 

でも、違う価値観のひとと交わるのって難しい。

だって、全然違うから。

 

時に腹が立つこともあります。

だって、わかる気ないひともなかにはいるから。

 

違いがあることを認め、それぞれの良さを生かす、そのためにはお互いに尊重しないといけない。

尊重にはリスペクトのきもちがとっても大事で、それがかけていると上手にコミュニケーションがとれない。

 

その「上手にコミュニケーションがとれない」というものの根っこにあるのがジェネギャ。ジェネレーションギャップだと思っています。

 

じゃあ、相手がその「尊重」をしてくれるまで待つのか、それとも・・・というのをしばらく考えていたんですね。

 

わたしはまだ大した実績もないので、ない脳みそを振り絞り考え、ない手足の力を使って目の前のことやるしかないわけです。

そんな自分が「年下の意見も尊重してください」とはとてもじゃないけど言えない。

 

でもあんまりにも「わかってないでしょ」な態度とられるとやる気もなくなる。

 

 

どうしようかな~~と思って、今度は思いっきり同世代と楽しんでみて。

もう超~~~~楽しかった!

言いたいことはすぐわかってもらえるし、やりたいこと形にしていくのも超簡単。

 

だけど、多様性が少ない。

結果が想像できちゃう。やる前に盛り上がるのは楽しいけど着々と完成させる喜びみたいなのは少ない。

 

 

やっぱり良い社会、面白いことがいぱいある社会、みんなでゆるやかに繋がって成長していける社会というのは「多様性」がキーワードだろうと思っていて。

それはまだうまく言語化できないけど、そこに息苦しさを感じないっていうのがその理由。

 

その「多様性」はもちろんセクシュアリティーや生き方もだけど、年代も大事なこと。

 

 

面白いものにしよう、理想のための一歩にしようと決めたわたしは先に尊重することに。

わからないなりに大事にする。わからないなりに相手の話を聞いてみる。

 

そして、開き直って「20代前半」の自分を曲げない。

聞いたうえで、理解しようと試みた上で、曲げない。

 

自分の意見を、考えを曲げないでトライしてみる。

 

トライして間違ってたなと気づいたら即修正。

それを今やってみています。

なかなかいい感じ。

 

今日、高校生と話して、簡単に「わたしが高校生だったときは~~」とよくも悪くも言いがちな自分にやだなと思って。

そんなことを思い出して、考え事を整理しました。

 

先に尊重しちゃう。

なんかちょっと損してる気分になるときもあるけど、でも実は一番これが理想への近道かなと思います。

 

ハグも、されるの待つより、しちゃう方が早い的なね。照

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