「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「ない」を諦めたおかげで、記憶力はないけど頭は良い。

 

小さい頃から記憶力がわるかった。

もうすっごいわるかった。

今もわるい。

 

三日前のことも、だいたいこたえられないことが多い。

 

まあそれはひとつの特性みたいなもので仕方ないなと開き直って、試験なんかは高校でようやくリズムを掴めたおかげで成績はどんどん良くなった。

 

それまでは、できない自分を責め続け、も~悲惨。毎日ちょっとずつ勉強とかトライしてもなんの意味もなかった。一夜漬けとはまた違うやり方、今もこれで知識のインプット~アウトプットしてる。

 

この方法、自分に合った勉強の仕方に出会えたのは、一種の諦めからだった。

 

高校でやっと「記憶力の悪い自分」を開き直ることができた。

 

そして、開き直って自分に合った勉強方法を調べ始め、偏差値40から、60を超え、その先へとどんどん勉強もできるようになっていった。

 

そういうことだ。

 

「自分にはコツコツとした勉強はできない」

それを受け入れて、クラスのなかで多くの勉強できる子がやっていた「毎日時間をとってコツコツと積み上げる」勉強をすることを諦めた。

 

上に書いた通り、今もその方法で情報のインプットとアウトプットをしている。

 

情報の、と書くとちょっと違うかな。

「局所的な」というようなイメージ。

 

何か一分野のなかでも小さな単元についての知識の吸収、そしてそれを道具として使いこなしたいと思ったときにやるのは、時間を制限してインプットし、それを白紙1枚に書き出す、かつその紙をカンペにして誰かに説明する。

 

そんなことを繰り返し、まあときどきうまくいかないこともあるけど、だいたいの専門知識が必要な場面はうまくいったことが多かった。

 

これと似たようなシチュエーションっていうのは多々あって、それは「なんかよくわからないけどどうしてもうまくいかない・できない」とか、「意味わからないけどしんどい」みたいなもの。

 

でも、なんだろう。

そういうのって大事なヒントなんだよなーと思う。

 

「できない」のなかに溺れていると息もできず苦しいけれど、「できない」自分を認め、ちょびっとハグして慰めたあと、じゃあどうしよう、を考えるために必要なきっかけというか。

 

だって、できないことってなんかもう遺伝子レベルにできないことが多いから、考えてたってしょーがないんだもん。

 

これ、「できない」だけじゃなくて、たとえば親に愛されなかった系の話とか、お金ないからできない系の話にも当てはまる。

 

もう、「しゃーない」わけだ、そういうの。

 

そこで溺れ続けてても楽しくないなら溺れるのやめたらいい。

 

と思う。

 

もちろん、溺れるのが楽しくてやめられなかった10代を終え、今になったからわかることだけど。

 

溺れ続けるのを選ぶこともできるけど、「あ、これなんかもう無理っぽい」と察知したら、もうすぐ切り替えて「じゃあ人に頼もう」とか、「できる方法ほかに探そう」と思えるようになってから生きるのがすっごい楽になった。

 

ほんとに楽になった。

 

そして、その生きることが楽になった感じをカラーセラピーとかできてくれたお客さんに伝えると、そのひとが喜ぶので、ああそういう経験をしてよかったなと思う。

 

ないものねだりは楽しいし、暇なことを忘れられるけど、それでおば~ちゃんになっちゃったら、なんかつまんない。

 

いや楽しいならいいだろうけどさ。

 

なんかつまんないなら、やっぱり「わたし、ないものねだり、やめまーす!」と声高らかに宣言し、じゃあなにしよっかなとニヤニヤすればいい。

 

いつまでも溺れてんなよ、と17歳の自分に言ってくれた叔父のこと思い出しながら、今わたしが「できない」と思っている「全部やる」を諦めようとしている。

ここでいう「全部」は手当たり次第という意味ではない。

「やりたい!!!」と決めている「全部」だ。
 
だ、け、ど、だ。
 
全部はできない。
どれかを人に渡さないといけない。

 

人に渡すというのはやなのだ。
 
特に自分のやりたいことを人に渡すのはもっといやだ。
 
楽しみに買ったケーキを一口あげるくらいやなことだ。

全部自分の思う完璧なラインまで仕上げたい。

 

し、もしかしたら頼んだひとは自分よりも完璧のレベルが高くてうまくできちゃうかもしれない。

 

そしたら、もう、なんか必要としてもらえないかもしれない・・・そしたら・・・みたいな。

 

でも、そうじゃないこともも~重々承知の助なわけで。

 

だって、できる・できないと関係ないところで愛されてるわけだから。

 

というわけで、「全部やる」を諦め、一点突破型になろうと決めた数日間でした。

 

は~やだな~~、でも、こっちの生き方のほうが、やりたいことやり放題だし、うへっへのへ。

 

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いやもうほんと「全部やる」をやりたがる自分もなまあたたかく愛されてたもんな。

「できない」を諦めた自分はもっと愛されることでしょ〜う。うっへっへ。

 

そう、「全部やる」を手放すことは、「できる自分」を手放すことで、それはなんかちょっと腐った自分のプライドを手放すことでもあったりして。

 

っていうわけで、そういう話でした!

 

っていうようなことを考える元になったのは、やっぱり最近マイブームのホリエモンの本でした。堀江さんの本はどれもわかりやすいし時間もかからないからいいなと思います。いい。いいな〜。

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ブログに登場してるA4の紙の勉強方法はこれが主な情報源。

効率よく夢をかなえる A4一枚勉強法

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