「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「風の通り道」を見る。

 

鎌を持ち、草を刈る。

ただ刈るのではなく「風の通り道」をつくる。

 

植物たちが適当に生い茂っている様子をよく眺めていると、そこに道があることに気づく。

 

人間が呼吸するように、土地も呼吸している。

 

その土地の呼吸を植物たちは手伝う。

 

息を吸う道、息を吐く道。

 

眺めているとその様子がよく見える。

 

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その流れを少しずつ整える。

 

草を刈り、枝を折る。

ただ刈るのではなく「風の通り道」をつくる。

 

最初聞いた時、なんじゃそりゃと思った話を、ひとつの塊を整え終わったあと、すーっと通る風に気づいたときに理解する。

 

話を聞いただけではわからないことがたくさんある。

今までの知識では理解できないこともたくさんある。

 

頭でっかちにならずに、体感で理解する。

 

風が吹く。

風を感じる。

 

空を見上げる。

 

背の高い草が揺れる。

 

風が吹く。

 

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この広い場所で生きているのは人間だけではなく、むしろ人間じゃないものの方が多く住んでいることを肌で理解する。

 

そして、住まわせてもらえること、食べさせてもらえること、まとわせてもらえること、描かせてもらえることに、深い感謝を覚える。

 

感謝なんて、文字にしてしまえば、その瞬間の感情が霞んでしまうけれど、感謝した。

 

ただただ、生物の大きな流れの一部として生きる自分を知り、大地の大きさを知り、空の広さを知る。

 

知った気になって、失敗をして、また学び、また知る。

 

それを繰り返した先に、きっと見たい景色がある。

 

見たい景色は、今まで蓄えてきた知識ではかなえられない。

だから学ぶ、学び続ける。

 

息を吸って吐く。

 

それは、光合成だとか、クロロフィルだとか、そういうことが重要なのではなく、在り方の話であるとそうわかったことは、何の役にも立たないかもしれない。

 

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別に社会なんてすぐに大きく変わらないかもしれない。

 

でも、それでいい。

 

緩やかでいい。

緩やかに変化していくことの一因を作れるのなら、それがわたしの幸せだと思う。

 

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作れないとしても、今それに関われる自分は幸せだと思う。