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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「行動」「肉体」「経験」にこそ生きる意味がある。


実際に会えなくてもオンラインでいくらでもコミュニケーションが取れる。
でも、だからこそ「会う」ことに意味がつく。

直接そのひとに会わなくても、そのひとの「発信」を通してそのひとを知ることもできる。
でも、やっぱり直接出会わなければわからないことのほうが多い。


FacebookもTwitterも、検索すれば出てくる無数の情報も、とても有意義だしその量は膨大。

なのに、なんでだろう。
人に会わずに何も作らずにそれを眺めていると、うずうずしてくる。

あ、嘘かな。

うずうずする前に一回落ち込む。


なんで自分はここで立ち止まっているのか。

どうしてまた内側に籠ってしまうのか。

 

そして、眠る時間が増えていって、一日の中の起きている時間が3時間くらいになって。

(それが今日だったんだけどね)


眠っている間もいろいろなことを経験するんだけれど、それはひとまず置いておいて、やっぱりもう少しで始まる22歳は「肉体」というのがすごくテーマみたい。

眠る前に読んだ本がこれというのもあるんだろうけれど。 

地球は「行動の星」だから、動かないと何も始まらないんだよ。

地球は「行動の星」だから、動かないと何も始まらないんだよ。

 

 
わたしは斎藤一人さん中学生の頃から大好きで、こういう生き方がしたいなぁ~と思うひと。

でね、この本『地球は「行動の星」だから、動かないと何も始まらないんだよ。』のなかに、今の自分にとてもフィットする言葉があって。

人は自分が蒔いたものしか、刈り取れません。

(p.28より抜粋)


そう、だからやっぱり、やろうと思ったら実現が簡単にできる今の時代を生きている理由も、今出会っている人たちと出会えた理由も、これまでの経験の理由も、すべてそこに「行動」「肉体」「経験」というところに集約されるんだなということが腑に落ちました。

すっきり!


小さなスマホの画面のなかに流れているたくさんの情報。たくさんのひとの経験。たくさんのひとの声。

本当も嘘もたくさんあるけれど、だからこそそこで得たものを実世界で生かしていかないと意味がない。

知識はいくら貯めても知識でしかない。

「発信」も何もかも経験が先にあってこそ意味をなすもの。

 

たぶんね、350記事あたりで、今までの「経験」に関するアウトプットが済んで、おそらくいったん空っぽになったんだはずね。

新シーズンはじまり!という感じの気分。


ひとつひとつ積み上げましょ~


いっぱいいっぱいの気持ちや、自分自身の経験を経ての「大丈夫」とか、いろいろ。
カラーセラピーで出会うお客さんに伝えながら。


私なりの人生を生きる。そしてそれが人と違ってもいい。みんなの人生を眺める。
自分がいるから、自分と違うひとがいてくれる。自分と違うひとがいてくれるから、自分を生きられる。

この世界はうまいことそういう風にできてるんだと思う。

やったね!

いいところに生まれてきたね。楽しもうね。