「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

捨てる、拾う、抱きしめる。


やりたいことをやる

やりたくないことはやらない


好きなように生きる

 

そう生きようと決めたのは去年の9月でした

特に大きなきっかけがあったわけではなく、7月からガラリと人生の流れが変わり始め、好きなように生きてるひとに出会い、そう生きようと決意し、ひとつひとつの選択を積み重ねてきたというわけです

バイトを辞め

「しなければならない」と思い込んでいたラートに関する活動を手放し

お仕事をいただくための無理を減らし

恐怖から頑張るのをあきらめ

立派な人間になることをやめた

 

食べたくないときにご飯を食べるのもやめたし
飲みたくないときに水を飲むのもやめた

読みたくない成功に関する本を読むのもやめ

いわれたくない言葉を聞くのもやめた


女であろうとするのをやめ
母になろうとするのをやめ
姉であろうとするのをやめ
妹であろうとするのをやめた


家を借りてみるのもやめたし
携帯を使うことをやめた時期もあった


愛想笑いをやめ
したくないひととの世間話をやめ


よい孫でいることをあきらめ
誇りに思ってもらえそうな娘になることもあきらめた


素敵な先輩である自分も手放し
かわいい後輩である自分も手放した

 

のこったのが今の私だ

大して前の自分と変わらないようで、あのころとは大きく違うなと本当に思う

出会うひと出会うひとにも「変わった」と言われるのだから、おそらく変わったんだろうと思う

 

でもね

最近、いろいろな場所でさまざまな立場のひとが

「みんな我慢してる」
「大人は折り合いをつけている」

「やりたいことだけやれるわけがない」
「感謝が足りない」

「好きなことをして生きるにイライラする」

いろんな言葉を発しているのに気づき、ちょびっと不安になるようになった


要するに

自分が「生きたいように生きる」を実践しているときは違和感を持たず、疑問も浮かばなかった「大丈夫」について、他人の目を気にするようになってから自信が持てなくなったということ


そうこうするうちに、ひと月前の卒論の時期のように、「やりたいことがあるのに、やらなければならないことに忙殺されているがためにできない」状態になってしまった

 

これやだーーーーー

これちがうーーーーーー

私もっとできるーーーーー


と大泣きしたのが昨日


いやいやもっとできるってそんな
仕事ためてて、これもその合間合間に息抜きと称して書いていて、ひぃ~~ってなりながらつい書いちゃってるんだけど、携帯とまってて明日不動産に契約料で10万円払わないといけないのに、手元に4000円しかないのにどうしよう


どうしようーーーー

と大泣きしたのが今日


や~だめになるとだめになっていくのが早いですね

と冷静に観察しながらちょっと笑う自分もいるんだけど

なんていうんだろう
たぶん大丈夫なんだ


それでね

あと二週間ちょっとで私は22歳になるんだけど

21の自分にバイバイする前にこれとバイバイすること、というか抱きしめて一緒に進むことに決めました


不安な自分

好きなように生きることなんかできないかもしれないと不安になる自分

のたれじぬかもと思う自分


それらの不安を言い訳に「やらなければならないこと」に逃げている自分


さよならべいびー


やりたいことをやる

そのために生まれてきた私です


うん

それがしっくりくる


「やらなければいけないことを死ぬまでやり続けろ」
と言われたときのおなかのなかとあたまとせなかに感じる違和感

「やりたいことやっていいよ」
と言われたときの足、頬、おなかの底、胸から頬にこみあげてくる嬉しさ


やっぱり

やっぱりやりたいことをやろう


そう思ったらするするとやらなければならないことをこなせるような気がします

やったね


何かっていうとさ

何かっていうとさ


やっぱりそういうことなんだよね!


だからね

きっと大丈夫だね

脳内ハッピーと笑われても、社会のことを何も知らないねと笑われても、「そだね」って笑える


うん

ちょっとずつね

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