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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

誰にでも書けるようで誰にも書けないようでやっぱり誰にでも書けること。

 

「自分らしく生きる」

「好きなように生きる」


とか

「引き寄せの法則」

とか

「全部の自分に〇をつける」

とか

 

本当は全部もうしてるんだよなって思います。

それが心地良いか心地よくないかは別として。

 

どの選択も自分が今の自分に対して思っていることや感じていること、過去の自分に対して思っていることや感じていること、未来の自分に対して思ってること感じてること、それらから選び取ってる。


みんな好きなように生きてるんだよなって。


だから別に「好きなように生きましょう」「ねえ、生きづらいでしょ、ねえ」という押し売り自己啓発がやりたいわけではなく。


ただただ、毎日失敗しながら、ときどきありがとうと言われながら生きているなかで、より気持ちよく生きるためにはどうしたらいいんだろうって考えているから、こんなブログを書いているんだよなって改めて基本に立ち返る時間を過ごしてました。


これを読んでる誰かも、たぶん好きなように生きてる。
たぶんじゃないな、ぜったい。


それが心地よいか心地よくないは別として。


カラーセラピーのリピーターをしてくれたお客さんが「はるなさんに会って、いろいろなことを言語化してもらえると元気がでる、すっきりする」って言ってくれてね。

本当にうれしかった。


私はもともとの性質として、とても暗いところと、とても明るいところ、両極端な部分を持っています。

毎日死にたいし、毎日もっと生きたいと思ってる。

矛盾の日々です。


ほっんとに毎日死にたい。

ほっんとに毎日生きてて楽しい。


よくわかんないなって思うなかで、だれかが私の存在を喜んでくれている。

それってめっちゃありがたいし、めっちゃ生きててよかったって思う瞬間です。


だからといって、そのひとたちのためにひれ伏すわけでもなく身を粉にすることもしないしできないんだけど。


たんたんと自分のできることをやっていく。
その日々が楽しくって面白い。


不思議だな~と思いながら今日も生きてました。

 

やり終えてないものをやり終えて、今している手続き系を終えて、4月の新生活が始まるころ。(留年しちゃったので新生活というのかは謎だけど)


そのとき私は何を考えて何を思ってどんな目で景色を眺めてるんだろう。


みんなから見えないところで忙しいひともいっぱいいるよね。
みんなから見えるところで忙しいひともいっぱいいる。

私はどんな風に生きたいんだろう。


いつか死にたいと思わなくなる日がくるんかなぁと相変わらずめんへらへらなことを思っています。

そんなこと、今日一緒に話をした中学生たちは思わないんだろうかって思うとちょびっと愉快だけど、それさえもやっぱりちょびっとめんへらだよね。笑


なんにせよ、そのころ私は22才です。


20で家族のいろいろなことに片を付け、21で家族を「つくる・ひろげる」感覚を身に着けて。

22で私は何を得て何を捨てるんだろう。


相変わらず、へらへら笑うんだろうね。
ぺたぺた歩いて。
好きにくるくると翻弄されつつ。
本当に言いたいことはなかなか言えず。

どこから出てくんだこの度胸。
どこにいったんだその度胸。
な毎日を。


なんにせよ、もうちょっとしたら1000記事までの道は半分に到達します。
あっという間だったようでめっちゃ長くてあっという間。

たのしみだな~。