「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

自分らしく生きるって、自己中で生きるのと似てるようで全然違う。

ハートを開く生き方をする

それは相手を信頼してその場にいるということ

f:id:pidakaparuna:20170304140822j:plain

自分自身を生きること

自分は自分を主人公としてこの世を生きる!と決意すること


自分らしく生きるって自己中じゃない?ひとに迷惑かけて平然とされてほんとむかつく!

な話は、ここの二つの軸がしっかりしてると言われないようになります
(なりました)

大好きな心屋仁之助さんも本のなかで自己中と、自分中心は違うよと伝えています

これとか読むとわかりやすいよ
こっちは新しいの!

もう、がまんしない。~「自分らしく」生きる練習

もう、がまんしない。~「自分らしく」生きる練習

こっちはもう何回も読んでるよ


どういうことかっていうとね

自分中心に生きるというのは、本当はどうしたい?と自分に聞いて自分の本音で生きること

率先して迷惑をかけることでもなく、誰かをわざと傷つけることでもない

自己中は、自分だけがよければいいということ
そして責任をとらないこと
わざと意地悪になること


この二つはすごく近いところに存在してるのにすごく意味が違う不思議なものだなと思います

めちゃ不思議

でもね、ちょっとわかってきました


とりあえずね

自分を生きるのって大変!

めちゃめちゃこわい


こんなこと言ったら嫌われる?
こんなことしたら干される?
こんなひとってばれたら孤独死する?

こんなことやってもどうせうまくいかないかもよ
失敗して全部なくなるかも

でも、やりたい

そんな選択の連続です


でもそれってなんかね
不思議なんだけどあたりまえ


その怖さを乗り越えて、ひとつひとつ丁寧に選択を積み重ねる

その先に、自分のことを気に入ってる人たちが待ってる

自分がやってみたい!と思えるお仕事が待ってる


そしてそのやりたいことたちでさえ、楽しかったり大変だったりいろいろです

でも、なんか笑える


大変だ、、、って沈まない、閉じない

なんか、笑えます


ずっとひとの人生を生きること、つまりひとの価値観のなかで生きてくこともできる

そして、大体の場合、近いひとから嫌われるのが怖くて見捨てられるのが怖くて、それにしがみついてしまうことが多い


でもさ
ずーーーーっとびくびく暮らすのと、もしかしたら孤独になるかもしれんけど、自分いっぱいで生きるのと、私は後者の人生のほうが楽しいです


いっぱい自分と向き合って

自分がなにに傷ついて何が悲しかったのか
誰にそれをわかってほしかったのか
何が好きだったのか
どうしてそれから離れたのか
なんで今の暮らしをしてるのか
本当はどんな人生を歩みたいのか


いっぱいいっぱい向き合って

そのトンネルを抜けた先には

本当に居心地のよい、みんな優しい、そんな世界がありました


もちろんそんな世界のなかでだって、悲しいことは起きるし、悔しい失敗もある
ときどきひとに迷惑をかけるし、ときどき迷惑をかけられる

でもやっぱり、ひとつひとつの選択が自分に根をはっているのは心地よいです


まだまだ練習中だけどね

お仕事とか夢とか
そんな大きいところから始めるのは大変だから

ほんとにしっかり内面と向き合うのが大事なんだなぁって
そんなことを思います


そんなこと考えないでもできちゃえるひともまわりにいるし、考えて葛藤してすすむひともいる、どうでもいいそんなんって思うひともいる

いろいろあるから楽しいね

猫はそもそもなんも考えてないね


f:id:pidakaparuna:20170304143642j:plain

でろーん