「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

寂しいのは当たり前だということが腑に落ちた


で、結局のところ私は私以外のひとに何を求めているのだろうと思った

この映画を見ながらそんなことを思ってた
この記事にも内容にかかわることは書くので気になる方は読まないでね

 

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映画のなかで、母以上に母らしいことをしてくれるリンコに心を開いていくトモの描写があった

でもその直後トモは失踪した母を見つけて、追いかけて、見失い、しかし期待を込めて母と2人で暮らしていた家に戻るが母はいない
放心状態でランドセルをおろし、おもむろに母の衣服を箪笥からつかんでは出し、それを感情のままに破きまくり、その衣服の山のうえでむせび泣く

リンコが与えてくれる愛情では埋まらない何かがそこにある


むせびなくトモを見ながら、私も泣きたくなった


そう思う
結局、母にしか埋められない何かがあるのではないかと

でも、その母によって埋めてもらえる何か、というのは、実際埋めてもらえる期間のようなものがあるのではないかと思う


そしてそれはやっぱり愛着形成を行う時期であり、母親を安全基地として外に出ていく時期であるのではないかと思う

 

私も泣きたくなった

母にしか埋められない何かを、私は他のひとに求めすぎている

周りに求めすぎている


その何かというのは「自分のことを絶対に嫌いにならない誰か」であって、それはつまり「自分のことを絶対に見捨てない誰か」なのである


私は14で家出をしてる、母が悪かったわけではない、いろいろなものが積み重なってしまって、私はそういう行動をとった

母は悲しかっただろうと思う

実際悲しかったと話していたし、私と母には二人にしかわからないその事情のようなものがあった


でも、その家出という当時最大規模のテスティングに見事失敗し、あれよあれよという間に7年近くたち、母と再会したときには、お互いお互いのなかで整理をつけ終わっていた

 

今更何かを埋めてもらいたいという気持ちは全くないし、なんだか一段落したな、そんなことを考えてた


でもなんていうか、映画を見ながら、ああもうこれやばいと気づいてた

何かが外に出たがっている

その何かは時々猛烈に私を襲う寂しさの根本にある何かだった


そう、私は「絶対に嫌われない誰か」「ずっと愛し続けてくれる誰か」「無条件で肯定してくれる存在」がほしくてほしくてほしくてたまらなかったとそこで気づいた


他の映画を見ているひとの邪魔にならないようにたくさん泣いた

たくさんたくさん泣いた


それが与えられないまま大人になったひとをたくさん見ている

その人たちもなんとか生きている

同じように私もなんとか生きてきた


ここまで大きくなったのはだれかの愛情をその時期に受けたからだ、という話も知っている、知ったうえでなお何かが足りないと思ってしまう自分の底知れない欲求のような、そのおこがましさが嫌だった、嫌いだと思った

足るを知らない自分を責めた


14の頃からお世話になっていたひとがいた
そのひとは私が何をしても嫌いにならないひとで、無条件に愛してくれた
でも、どこかでボタンをかけ間違え、その人は私を娘としてではなく一人の女性として愛してくれるようになった
私はそれを望んでいなかった

また自分を責めた

自分の線引きが下手だったから


でも今日この映画を見て気づいた
そうじゃない
そうじゃなかった


足りないと思っていることを認めずにここまできてしまったから、忘れられてたさみしさが色をくすませて自分を責めていた


いいんださみしくて

みんなさみしいんだ


こないだ初めて久しぶりに言葉で、絶対に嫌いにならないと言ってもらえたことがあった

部分嫌いはあるかもしれない、でも絶対に好きのままだ、と説明された

たとえ人をあやめてしまったとしても、ああそうかと言う、そう言われたとき、私はやっと安心した


でもいつも一緒にいるわけじゃないし他にも大切なひといっぱいいそうだし、といじけはじめてた
でもそうじゃない

さっきこの記事で書いたように

 

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離れていても他に大切なひとがいても、そこに愛は愛として絶対にある

 

もう、歯向かうのはやめた
悪あがきもやめた

どこまでいってもこのさみしさはついてくる

もう一緒に生きようと思う

 

どの経験も必要だった

私はなんていうか気持ちのままにちゃんとそれを伝える人間になろうと思う

それはやっぱり「好き」を伝えていくということ
あなたが必要だということを伝えていくということ
出会えてよかったと言葉にするということ

そういうことなんじゃないかと思う


私はだれかにそういう風に愛されたい


まず自分のさみしさを抱きしめて
そのつぎにそのさみしさを抱きしめつつ歩く自分を愛して
その先に、同じさみしさを抱えたひとに愛を注ぐ

そんな風に生きられたら

いいなと思う


さみしくて当たり前

いいんだそれで

いいんだ

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