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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「家族」のつくりかた・増やしかた


家族って

血のつながりじゃないんですよ


もちろん血のつながりもあるけどさ、それってあんまり大きいものじゃない

いや、大きいんだけどね
決して大きすぎるものじゃない


家族ってね

広がっていくの

どんどんどんどん広がって、たぶんもう少し時代が進めばもっとその感覚はみんなのなかにあるものになるんじゃないかなと思ったりします

見える人じゃないからわからないけどね
そうなったらいいなって思ってる


14歳で家出をしました

母とうまくいかなくて

もう忘れちゃったけど、それからあんまりお金ないのにものすごくいろいろ我慢して頑張って、自分の洋服なんか全然買わずに、高い私立の学校行かしてくれて

でもね、そんなの全然その頃の私は気づかなくて

なんでそんなに我慢してるの!
なんですぐ怒るの!
なんで私なんか産んだの!
困らせたくなかったのに
大好きなのに
どうして産んだの!
育てるのが苦しいならどうして産んだの!

って身体中で叫んでました


もっと能力が高くて、器が大きかったら、きっと母を上手に支えて、姉妹のことも守れたのかもしれない

でも、できなかった


自意識ばっかり大きいだめなやつで、だからできなかった

口ばっかり大きくて、全然だめなやつで、本当何やってもだめなやつで、周りの子が自分ちの子だったらどんなにみんな楽だったかなーって、いまでもちょびっと思ってます


だから自分のこと大嫌いだったし、母のことも大嫌いだったなぁ

家出してもそのままにしてくれて、それも当時はその愛がわからずに、出てったくせに捨てられたと思ってたし

へんてこなやつです


ごめんね


もう仲直りというか、7年ぶりくらいにおととしかな、会いに行って、20歳になったからさ

「産んでくれてありがとうって思ってる」
ってちゃんと言えました


家出してね、よかったと思ってる

家出したあとすぐに私のことを拾って守って育てなおしてくれた家族との出会いがありました

あのおうちとの出会いがなければ、今の私はありません

今でも大好きです

パニックになるたびにドアを開けて助けにきてくれたことも、おいしいごはんをいっぱいくれたことも、宝塚に連れて行ってくれたこととか、全部

全部全部、ありえないような幸運だったと思います

ありがとう

そのあとの父との暮らし・祖父母との暮らし・姉との暮らし・沖縄のひとり暮らしも最高だし、どれもものすごい幸運だったと思ってるよ

 

そんな自分が今思うのは「家族は増える」ということ

血のつながりがなくても
血のつながりがあっても

全部が好きじゃなくても

金銭的なつながりがあっても
金銭的なつながりがなくても

そこには絶対的な愛がある


今いる場所にそのひとたちがいないなら、そのひとたちは外であなたを待ってる


家出をしてよかったと思っています

それがわかる自分になれたから
それを人に伝えられる自分になったから

 

「あなたが人を殺しても、笑って、そうかって言うよ。」

「あなたの全部が嘘で騙してるとしても、笑って、そうかって言うよ。」


その言葉の愛の深さを、深呼吸しながら自分のなかに染み込ませています


いろんなことがあったから、ひとの表情から、どんなことを考えてるか、言ってる言葉に嘘があるかどうか、どんな気持ちでいるか

そういったことがたいていわかってしまいます
わかってしまうような気がしてしまいます

今はその癖のおかげで、質の高い?カラーセラピーができてるようなので、よかったなって思うけどね
(みんな「なんでわかるんですか?」っていうもん笑)


だけどね、つい

つい「期待」されてそうなことを言ってしまったり、嫌われるのが怖いから「好かれそう」なふるまいをしてしまったりしてると思う

もう無意識に染み込んだレベルで私はあざといと思う

そんな自分が大嫌いで情けなくてみじめで、そんなことしたくないのに、もうしないのが無理だってくらい、それが普通で切り離せなくて

そんな自分だから、人から「あの子は嘘つきだよ」「あなたは騙されてるよ」「騙されないように気をつけたほうがいい」だなんてこと、好きな人に忠告されてしまう

それを人伝いで聞いたときの、ああまたかっていう絶望感

私の全部が「嘘」なのもほんとだから

たぶん嘘だもん


だって超頭いいですからね、私
頭の回転早いし、文章の理解度も、会話の理解度も超高い
記憶力はないけど、セレンディピティ力みたいなのめっちゃある

理論的だし、まあまあの知識も身に着けてる


だからね
ずっと嘘だと思ってたから

もうその「あざとさ」を自分から引きちぎって捨ててしまいたいって何度も思っていました

「天真爛漫だね」って言われるたびに穴を掘って埋まって出てきたくないって思うくらい、その言葉に負い目を感じてたよ

騙してごめんなさいって自分が一番思ってたし、騙しきれる器でもないのにごめんなさいとも思ってた


だけどね

違うんだよねぇ

どっちも自分なんだよね


そしてね
もう無意識レベルで切り離せないその「あざとさ」も、もう自分なんだよね


怒られるからいつからかやめちゃった幸せになってつい小躍りする癖も、昨日つい幸せすぎて踊っちゃった私に「嬉しそうだね、可愛いね、幸せそうだね」って言葉をいっぱい浴びせてくれたひとたちがいた


踊っていいんだ!

びっくりです


そ、だからね

家族ってひろがってく
何歳になってもきっとひろがってく
新しい形のつながりが増えていく

だからね、大丈夫

世界のどこかにあなたを待ってるひとがいる
あなたと出会えたことを喜んでくれるひとがいる

毎日殴られて怒鳴られて殺されかけたって
その外には愛してくれる誰かが待ってる

その経験をしてくれてありがとうって誰かが笑ってくれる

生きてきてくれてありがとうって抱きしめてくれるひとに出会える


殴って蹴って大声出して
そうやって誰かをしたがえたことがあっても大丈夫

誰かが、本当は殴ったあなたの手が痛かったことを教えてくれる

振り上げた拳を受け止めながら頭をなでてくれる手が外にある

だから本当に大丈夫

産まれてきてくれてありがとうって、力を抜いてふっと周りを見渡した時に言ってもらえるから大丈夫


大丈夫

どんな経験をしても、その経験をしてよかったと思えるときがくる


だから大丈夫


具体的に「家出すれば?」とか「縁きれば?」「旅に出れば?」「学校やめれば?」とか、そういうことは言えない

責任とれるんですか?取れないよ

でも、わかる

大丈夫になるようにできてる


今信じられなくてもいつか信じられるし、それを信じられるひとになるために、そういう経験してるかもしれないね

 

ふふ、生まれてきてよかったって思うよってあの頃の自分に言いたいな