「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

飛行機に乗るときは、死の覚悟(ぷち)をしています。


東京で生まれて、愛知へ移り、それから沖縄へ
そのような流れで今沖縄で暮らしています

東京に住んでいた頃の移動手段は電車でした
西武池袋線、西武新宿線、有楽町線、山手線、東武東上線なんかによく乗っていて、よく切符をなくし、パスモとスイカは数えたら5枚くらい持っているような私ですが乗り換えはなんとなくの勘でうまくできてました

まあ6歳から一人で電車で一時間かけて通学してましたし、そりゃできるようにもなりますよね


愛知に移動したあとは最寄駅までにバスで30分近くかかるような場所、つまり田舎のお家で暮らしていて、そこから電車で都市部へ、というような移動の仕方でした

バスは町バスというんでしょうか
その地区をぐるぐると回るようなバスで、車を持っていないお年寄りや小・中学生や、遊びに行く高校生たちが乗っていた気がします

運転手さんたちがみんな優しくて、私が下りる駅は「丘」という文字が入った駅だったために、みなさん「丘の子」「丘の女の子」とかわいがってくださいました

干し柿をくれたり、あったかいお茶を自販機でわざわざ買って待っていてくれたり

転校して、慣れないことばかりだったなか、運転手のおじさんたちとの他愛もないお喋りにずいぶん救われていました

今でも愛知に帰省すると、「あ!元気にしてたかお前!」と話しかけてくれるし、相変わらず飴やらなんやらをプレゼントしてくれるので、思い返す度、嬉しい気持ちになります


おばあちゃんやおじいちゃんは、よく物をもらうことについては「あんた、よっぽどおなかすいてる顔してたんじゃないの・・・・」とやや引きだったり、恥ずかしそうだったり

まあでももらえるものはもらえるんだから仕方ないと、私は特に何も言い返さず開き直ってました


なつかしいなぁ


そんな愛知を出て、沖縄に来てからもう四年もたつのかと思うと感慨深いものがあります

沖縄での移動はバス・タクシー・ひとの車・ときどき原付
大学一年生の頃はだいぶ先輩たちにお世話になりました、同級生にもよく乗せてもらったし、本当にありがたかったです

沖縄は電車がなく、モノレールも都市部にしかないので、大学周辺や、それよりも北にある場所に行くためには車かバス、タクシーだと少し高いですね


でも、大きく違うのは、「ちょっと遠い場所」に行くために、沖縄に住んでいるときは飛行機が必要になるところ


東京に住んでいた頃に愛知へ行くのは簡単でした
品川駅まで行って、そこから新幹線、なんて名前だったかな、東海道線だったと思います

だいたい自由席で、お正月やお盆なんかのときは席がいっぱいになったりすると通路に立ったり、連結部分に座り込んだり、そんな風にして愛知につくまでの2時間あまりを過ごしていました

でもね、そんなに非日常を感じることはなかった


今、これを書いているのは、沖縄から飛行機に乗って神戸空港に向かう道のりの途中で、つまり飛行機の中で、空の上でこれを書いています

離陸の時間が夕方だったために、海に傾いた陽のひかりが反射してキラキラして、一面金ぴかな光景が見れたり、素敵な離陸で、なんだかセンチメンタルな気分になったので、ついついこうやってブログに残しておこうと書き始めたんです


飛行機に乗るというのは、何十回乗っても「非日常」を感じる時間

離陸の瞬間の体感がそうさせるんじゃないかと思います

離陸したあとも、揺れれば無条件でドキドキするし、着陸のときも安全だとわかっていても少し手に汗をかきます


年に6回程度、つまり二か月に一度のペースで沖縄から飛行機に乗り、東京や愛知、関西、福岡へ行くというような生活を2016年はしました

ジェットスターやスカイマーク、ときどきJALにも乗ったし、ピーチなんかにも乗りました


あ、赤ちゃんが泣いた


さっきまで笑ってたのに
お母さんはドキドキだろうなぁ


コーヒーを配ってくれる客室乗務員のお姉さんは、目が合う度に笑いかけてくれる優しいひとです

どの飛行機にもだいたいものすごく良いひとと、うわいじわるそうだなってひとと、あんまり仕事好きじゃないんだろうなってひとといろいろ考えちゃいながら眺めます


なんだったけ、そうだ非日常、非日常のことを書きたかったんだった


離陸するたびにね、大げさかもしれない言い方ですが、一瞬「死」を覚悟するんです

いつもね

安全で事故にあう確率も車の事故にあう確率よりも少ないとかそういうこともわかっているけれど、つい覚悟してしまう


そして、あのひとに好きってまだ言ってないとか、一番悲しむのはおじいちゃんだろうかとか、そういうことを考え始める

その考え事が終わると、ああいい人生だったなぁって思う時間が始まります

ああいい人生だった

悔いはね、どうやったって残るんですよ
人間なんてたぶんそういう生き物

あちらを選べばこちらは選べない
そういうものだから

いつまでも選ばなかったあちらを横目で気にしながら生きていくんだと思います

それでも「ああいい人生だった」と思える瞬間があるというのはいいものです


あんなことがあった、こんなことがあった
思い返しながら、宝物のガラス玉を手の上に置いて眺めるように、そうやって


それらの思い出のなか、渦中にいたときは、そんなこと思えるときがくる予想もできずに、苦しんで苦しんで、毎朝毎晩泣いて、昼はパニックに苦しんでって生活だった


今が一番幸せです


お仕事の失敗も、昨日かけた迷惑も、間違えてバスの運賃500円も多めに出しちゃったことも、朝寝起き悪くて起こしてくれたひとのこと殴ったことも含めて

今が一番幸せ


飛行機に乗るたびに、そうやって?みしめます


そんな経験ができるのも、この地球に住んでいるからなんだよなと、そんなことにも思いを馳せつつ………


こんな話、面白くもなんともないかもしれないけど、そういうことを考えながら目的地に向かっています、と、誰かに聞いてほしくて書いちゃいました

いつか自分が読み返したときに、「もう非日常感はないよ~」って笑うかな
それとも相変わらず、着陸の時に手汗かいてるのかな

どちらにせよ、手汗はよくかくんですけどね
大好きでも恥ずかしくて手はつなげません

はい!
読んでくださってありがとう

書いてて楽しかった😆


到着したとも、きっと楽しいことが目白押し
生まれて初めての京都、短い時間ですが満喫してこようと思います

 

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さちあれ

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