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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「がんばらなくていいよ」は死ぬほど頑張ったことがあるひとだけがやっていいこと?


「がんばらないでいいよ」

「やりたいことをやったらいいよ」

「やりたくないことをやめたらいいよ」


一見聞こえのいい言葉たち

 

それらに対して聞こえるのは


「あれを言ってる人は、死ぬほどがんばったことがあるひとたちだから、がんばってないひとは、一回がんばらないとだめだよ」

「がんばらないでいい!?凡人は違うよ、あれは天才のひとたちの言葉だよ」


そういう「がんばること」を求める言葉たち

 

どっちが間違いで、どっちが正しいか

そんなことは私にはわからない

 

でも、卒論の経験を考えるとね


「がんばらなくていいんだよ」

が好きかな、と思います

 

私は、という話ね


「意味わかんない、嫌い」

って思った人は、その気持ちに従えばいいと思う


「・・・・ほんと?」

って、もうがんばらなくてもいいの?って泣きたくなるような気持ちになったひとは、一回勇気を出して休んでみてほしいと思うんです


どの大人のひとと話していても、どの同年代の人と話しても、だいたいのひとは、「本当によく生き抜いてくれたね」という言葉をかけたくなるような、みんないろんな経験を経て、今、出会っています


その出会いはいいなと思うし、それらの経験があったからこそ輝く出会いもあります

 

「死ぬほど頑張ったことがあるから」

そんなことないと思うんです


たぶんね


好きなことは、「頑張らない」で楽しんで続けることができる


その好きが世間一般でいう「かっこいいこと」ではないから悩むんですよね

 

野球が好きで好きでたまらない、毎日続けても全然苦じゃない

そんなひとがきっと野球選手になっているのかもしれない

だなんて思うんです

 

でも、好きなことはかっこよくなくてもいい

私の好きなことは、簡単です

愛されること、そして愛すること


だからたいていのこと、楽しくできちゃいます

 

そのなかで何かを続けること、それは苦手だったりする

だけど、それでも毎日楽しいです


そして、きっと続けられる何か、大勢の人に何かをプレゼントできるような何か、そういうものもきっとこの毎日のなかからふと出てきてくれるような気がしています


だから、「苦しい」が話のなかに感じられるときは、休んでいいよって言うんです


休んだらどうなっちゃうの??

これ以上ひとから必要されなくなっちゃたらどうしよう

もっとダメ人間になったらどうしよう

今でもダメなのに、こんなにダメなのに……

 

そんなにダメダメいわないでいいよって

このブログを書きながら一週間前の自分に話しかけます

 

休んでいいよ


頑張らなくていいよ


好きなことやっていいよ


いやなことはやめていいんだよ

 

「無理」して頑張らなくていい

ついやってしまうことを積み重ねればいい

 

別に、頑張ることも楽しめるなら頑張ればいい


でも気持ちのどこかが軋んだような音をたてるなら

そこに鞭を打って、びしばしびしばし音を立てていじめるのはもういいよーって

 

その生き方は、その生き方が好きな人に任せればいい

もっと生きやすい生き方、あるかもしれないよ

 

そういうことを思います


頑張ることが「無理」なひとは、無理やり頑張っても、他のひとを見張ります


わたしがこんなに頑張ってるのに

おれがこんなに頑張ってるのに


にじみ出る不機嫌は、ひとに、その場に伝染していきます

 

それよりも、きっとゆるゆると、ついしてしまうことを楽しんで、その延長線上にある喜びを全うしてるひとはきっと、きっと


優しい気持ちを伝染させることができるんじゃないか、そう思っています

 

死ぬほど頑張ってからじゃないと「頑張らなくていい」で言われてること、理解なんかできないよ


その言葉は、あまりに強いかな、とちょっとだけ

ちょっとだけそう思った午後でした

 

ではこの「頑張らなくていい」が簡単かというと、、、、、


そうでもないと思うんですよね

 

これについてはこの記事で!

www.pidakaparuna.space

 

 

読んでくださってありがとう!らぶ!

 

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遊ぶこと、おしゃべりなこと、自然のなかにいること

ピアノを弾くこと、物語を考えること、読み聞かせをすること

走ること、うんていにぶらさがること、鉄棒の上に座ること

ごっこ遊びをすること、本を読むこと、読んだことを人に伝えること

お菓子をつくること、それを誰かにあげること

道案内をすること、ひとに頼まれたことを楽しんでやること

そういうことが好きでした

そういうことは「つい」やってしまうことでした

 

人の話を座ってじっと聞くこと、言う通りにすること

決められた時間に決められた場所にいくこと

マナーを守ること、怒られるときに笑わないでいること

嫌いな大人のそばにいること、嫌いな子供のそばにいること

思い通りにできないこと、自分の意見が通らないこと

気に入らないことが受け止めてもらえないこと

そういうことが嫌いでした

今でも嫌いで「無理」して頑張らないと今でもできません

 

それでいいんだと、そのままでいいんだと、今はそう思います

そのままで生きていけることを今は知っています

 

ちなみに、右が3?才くらいのわたし、左がおねえちゃん

かわいい・・・・