「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

ブログを書く目的がやっとわかった(後編)

さて、前編・中編と書き進めてきました「ブログを書く目的」最後の記事です。

 

www.pidakaparuna.space

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前編で、最近つかんだ自分のなかにあったこの気持ち(情けない気持ちだけど)こんな気持ちがあったことを書きました。

 

そんなようなことは、まあずっと前から考えてたんだけど、そもそもこのブログで何をやりたいかに対する答えそのものがなかった。 そして、気持ちのどこかにこんなことを続けていても無意味なのでは?という考え事があった。

ブログを書く目的がやっとわかった(前半) - 0→1000

 

そして、中編にて、気づきの真ん中の部分を。

 

何がわかったかというと、それは全部「私を表現する場所である」こと。 これがブログを書いている意味であり、そして生きている意味。 私は魂の存在を信じていますし、この場所に生まれてきたのは何か意味があることだと思って生きています。 そして、その理由は「身体性」にあるのではないかと最近思うんです。 魂だけの状態である何かであった私は触れることができない。 触れることができない、存在することが、何かを表現することができない。 それはとても寂しく怖く悲しい状態で、とても虚しかった。 だから「体験したくて」「表現したくて」「触れ合いたくて」生まれてきた。 たぶん。

ブログを書く目的がやっとわかった(中編) - 0→1000

 

これらを経て、では「ブログを続ける意味」は「自分を表現すること」であるとなったわけですが、これではざっくりしすぎ。

 

具体的に書いてみると。

  1. 「日高春奈」を自認し、構成してくため
  2. 自分のやりたい仕事観を明確にし、ブログを読んでくれるひとと共有する
  3. お仕事の入り口になるような場所にする

それがこのブログの存在意義、そして私が自分の時間をこのブログに懸けてしまう意味。

そして、意味なんかなくても250記事を書き続けられたのは、ただただ単純に書くことが好きだということ。

そして、自分が知っている何か、その日聞いた何かを、誰かに知ってもらうことが大好きだということ。

だから、つい書いてしまう。それがこのブログの今までの積み重ねです。

 

一番目の「日高春奈」を自認し、構成していくため、だなんて言い方堅苦しいけど、結局は、「自分がどんなことが好きで、何をしてるとご機嫌でいられるかを知ること」、

「自分がどんな考え事をしてる時間が長くて、何が得意かを見つけるため」、

「自分の生きていきたいと思える場所はどこでどんなひとたちが一緒にいるのかを知るため」、こんな感じです。

 

でね、パソコンの方を見ていただいてる方にはもう伝わってると思うんですけれど、私の大きな柱は「自分自身」「ラート」「カラーセラピー」の三つです。

 

そして、細かく分けたメニューから見て取れるように、まず自分自身に興味を持ってくれて会いたいと思ってくれたひとと会えるような仕組みづくりをしていくつもりです。

つまり、どのような人生を生きてきて、どのような価値観で、どのような仕事をして整形を立てていくかということを赤裸々に(もちろん誰を好きになってどんな恋愛をするかも!)書いていきたいな。

それは今、自分のことを好きでいてくれてるひとたちみたいな、素敵なお客さんを連れてきてくれると思うから。

 

そこで気に入ってもらえたひとのなかで、特に何か話したいわけじゃなく、さらっと会いたいなとか、純粋に沖縄にいるタイミングでラートをしたいという人向けに「ラート」という窓口をひとつ作りました。

まだ、場所の確保ができていないけれど、これはゆくゆく整うでしょう。

そこで体操部のみんながアルバイトまでできたら最高だなと夢みています。

これはきっと夏頃にはかなうだろうけど。

 

身体を動かすのではなく、ゆっくりと話してみたい!と思ってもらえた方に、今もっているツールである「カラーセラピー」をきっかけに会ってもらえるような形に。

今年中にパワーアップも予定中!うふふっ

 

ついでに、得意・好きなことの中で特に今充実しているものとして「楽になる本」「身になる本」と分けたように本の紹介を。もう少ししたら、ピアノもそこに付け加えられたらいいなぁ。

 

そう、さっきの記事で人生の純度の話ちらっとしたけど、今の純度は92パーセント。

よっしゃ~~って感じ!

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