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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

自尊感情と自己肯定感の違いの話 (not学術的)

お正月早々、つまらんなぁと自分に思う

「ひと」に対する評価というのは能力値や経験値にたいしては相対的に与えられるもの
でも、その存在、容姿も人生も境遇もなんでも全て、その存在っていうものに対しての評価は絶対的なもの

どの世界を探してもあなたはあなたしかいない、私は私しかいない、という希少価値とかじゃなくて、もうそのひとの人生はそのひとにしか生きられないから!!っていう絶対的なものね
だから、あなたもわたしも、それぞれの人生のオンリーワン、いやぁ素晴らしい!ってこと

希少価値って考え方に基づくと絶対的なものじゃなく、相対的に見て価値が高いですね、ということになってしまう
だってほら世界三大珍味とかも、高くてあんまりないから価値高いわけでしょ

オンリーワン理論でいくと、そもそも比べる対象がその世界にはいないので、だから本当の意味で存在が絶対的なんだよ!って話

オンリーワン理論は、例えるなら、もう世界にひとつしかない花のような、つぼみだろうと、咲かなかろうと、葉っぱがかっこいい花だろうと、花屋にあろうと道端にあろうと、その一種類しかない存在が尊いんだ、というね

まあ希少価値っていったら、まあ少ないのなかに1を含めるのだとしたら、まあ希少価値って言葉を使うのもいいのかもしれんけどさ


そう、でね、自分という存在に対する評価は絶対的なもの、、、なのにも関わらず、羨ましいだとかどうしてああできないのかそういう思いが尽きない

調子がいいときはSNSを見ようとニュースを見ようと大丈夫
でも、一回このだめだめスイッチが入ってしまうともうアウト


あのひとはこれができる
このひとはこれができる
あのひとは綺麗
あのひとは可愛い
私は全然ひとの役に立てん
楽しくいきるなんてばかみたい
もっと頑張らないと

いくら人は人自分は自分と言われても、自分を自分で気持ちよくさせるのがまず大事と言われても、そんな思考がずるずると、寒い朝に布団から出られずに掛け布団かぶったまま床から這い出ようとする感じに、ずるずると(例えってうるさいよね笑)

いやほんと名古屋寒い
沖縄との温度差15℃くらいあったよ
つらかった、、、
あったかいところが好きだわ


話がずれちゃった


ドラマの逃げ恥と共にいくつかの心理学用語が世で流行った印象があるけれど、そのひとつに自尊感情がある

自己肯定感と似た雰囲気を持つけれど、自己肯定感と異なるのはその要素

自己肯定感は、ただ在ることへの肯定
もちろんそれもさまざまな成功体験に裏付けられることが多いかもしれない
でも、本当の意味での自己肯定感は、そういった経験に左右されるものではなく、成功しても、失敗しても、自分は大丈夫だ、このままでいいんだと思える感情なのではないかと思う

それに対して、自尊感情は、文字通り自分について尊敬できるか、堂々とできるか、というニュアンスの言葉

わたしはこれが著しく低く、その低さゆえに何かできるようになったことがあると周りからは大袈裟に見えるくらいに喜んでしまう

自分について一目置く、だとか、これができるよねと認める、だとか
そういったことがすんごく苦手

もうほんとに苦手

だからいつまでも積み上げ式の自信がついてくれない
努力っぽいこと、毎日の筋トレとか、柔軟とか、お化粧の練習とか、洋服の勉強とか、指摘された人格の改善とか、、、してたりするときもあるんだけど、やりながら何か効果が出たとしても、結局こんな辛いことを続けないと愛されないんだな、、、という思考回路につながっちゃう


うわ、めんどくせ!
と思われるかもしれないんだけど、まあめんどくさいやつなんです、ほんとに

そんなもんだから、突然何かしらの行動を起こして、それを自信に変えていってたりするわけ
で、この自信はすごく強い
今でも受験・2年のときのインカレ・3年のゼミ論・movement2015のignition・心屋仁之助講演会沖縄2016のステージとかは、本当に私の人生を支えてくれてる
ありがとう
ああ後はお仕事たちもだなぁ

これらの経験は、どーん!としてる自信をくれる
できるよだってあんな〇〇で〇〇できたんだもんね!どーん!的なね
その自信は、やりたいことのためのやりたくないことをするときに助けてくれる
いいよね


だからどうだ、というわけではないんだけれど、自分でも呆れてしまうくらいに、明るい気持ちシーズンと暗い気持ちシーズンとがあるんだよねぇって話

こういうタイプのひともきっと世の中にいるよねぇって話


中高生のときは薬でそれをコントロールしようとしてたけど、あるときやんなっちゃって、薬のむのやめてからは、この気分の波とお付き合い


今年は、こうなっちゃったときに、テンション低くてごめんねと、まわりに思わず無理をせずひきこもろう、静かにしてよう

明るいときは楽しく過ごせばいいもんね


くらーいときは見えるパーソナルスペースと見えないパーソナルスペース広がるね
これについてはまた今度


お正月早々、変なコンプレックスの自己開示でした
読んでくださってありがと!

共感したひとはたぶんこの本が面白いと思います

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

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2017年もえいえいおー!は禁句だなぁ
頑張ろうとすると落ち込むということは、もう徹底的に頑張らないどこう
楽しいことだけやろう
ついやってる楽しいことは、たぶんいい感じなんだろうきっと

そいえば2016年も、大きかった嬉しかったことはみーんなついやってることの延長にあったもんね
プラスいっぱいの勇気って感じ

そんな感じでいこう


何があっても私の人生を生きられるのは私だけ、味方はいっぱい、でも責任とれるのは私だけ

それなら、楽しくするのも、心地よく過ごすのも、私の責任だ

という、重たいようで実は軽くて、面白いこの人生観は気に入ってます


静かなだけで暗すぎる(Always死にたいぜべいびー状態)なわけではなくってね
なんだろう
ただただ静かに考えてる感じ


それもまたよし、だね!