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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

批判するのは簡単!一番偉いのは何かをするひとです。by祖母

なにかを読んだあと
なにかを観たあと

その「あと」のあと、考え事が始まるまでの一瞬に、よく思い出す一言がある

それは、おばあちゃんからもらった言葉

ただの感想は、誰にでも言える。
批評家には、知識とセンスがあればなれる。
でも、忘れちゃいけない。
一番偉いのは、何かをするひと、やるひと。
はるなには、口だけのひとになってほしくないよ。

そういう言葉

それは、 私のなかにとても強い戒めとしてのこっている言葉

なにかを批判するときに、本当に自分にそれを言う資格があるか立ち返る

そのときに触れる言葉

芸人の又吉さんがこの本のなかで似たようなことを言ってた

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

うろ覚えだけどこんなこと

なにか本を読んだときに、「面白くない」という感想を言う人間に僕はなりたくない。
そう感じたのだとしたら、それは僕の方がその本の面白さを理解できなかっただけだ、そう考える。
何かをつまらないつまらない、そんなことを言ってしまえるのは、工夫がない。


これを読んだときに、ああおばあちゃんの話と似ていると思った

何かをするひと、つくるひとは、自分が見に来るのに使ったエネルギーの倍くらいのエネルギーでそれを発信してる

そのエネルギー分の工夫ぐらいはしたい

それは、大袈裟に笑うことでも、簡単に泣くことでもない
ただただ感動しいになればいいというこもでもない


ただその瞬間を感じきるのに集中するのと、ちょっとした面白さを発見すること

表情、一文、声の調子、場の雰囲気、目次の名前、表紙の写真、隣の人、なんでもいい


脳みそのなかで、連想ゲームをいっぱいする
そうすると、たいがいのことは面白い

でも、この連想ゲーム
素材、つまり、普段から何かしらのインプットをしてないとなかなかできない

わたしは、このインプットが多いひと、連想ゲームが素敵なスピードでできるひとが好きだし、自分もそうでありたい

素でできちゃうひとがもちろん一番かっこいい
わたしは後付けタイプ、インプット、ちょっぴり意識してしてるもんね

つまつまつまり、面白いものを面白くみるためには準備が必要だし、やってもないのに批判しちゃダメってこと


そんなことを三回目のわが町の小劇場での観賞後に考えました

やっぱり楽しそうなひとって素敵だね
無理してると顔に出るもんなぁ

うんうん、たのしかった!
わたしもちょっとやってみたいと思う3回目だった、ちょっと、ちょっと!
ラートのパフォーマンスに生かせるか?ジャズダンスとかのがいいかな
しばらく迷おう


又吉さんの本、おすすめです、よ!
夜を乗り越える(小学館よしもと新書)