「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「わが町の小劇場」がすごく好きになった夜、だってかっこいいんだもん。


「かっこいい」「面白い」
どうしてなんだろう、そう思って。

ああ認めているからか、とわかりました。

 

今日はこれを観に行きました。
先輩の萌子さんが連れて行ってくれた舞台。


『日付変更線』
10のショートストーリーが演じられます。

明日が最終公演だそうです。

 

 

前回、即興演劇を生まれて初めて見た「わが町の小劇場」で行われました。


なんだかね。
もう、いっぱいいっぱい。


前回は初めてのその衝撃を、超長いブログにしたためていました。
ほんと長い、言いたいことは最初の3分の1くらいに書かれていたのでスクロール無用。(リライトしないとなぁ…。)

 

www.pidakaparuna.space

 


と、話がずれちゃった。


「おもしろい」
「かっこいい」
「綺麗」

がいっぱいの劇でした。


そして、それはどうして舞台の上から伝わってくるんだろうって考えて。
それでよくわかったのは、それを認めているかどうかだ、ということ。


私はかっこいい

私は面白い

私は綺麗


それを認めていないと、何かを演じてる姿を見て、恥ずかしさを感じてしまう。完璧な非日常でなくてはいけない舞台が日常に紛れてしまう。

非日常の隙間から見える日常は、全然かっこよくない。非日常を非日常たらしめるのは日常なんだけど。そのひとの毎日の暮らし、生きてきた歴史が積み重なって非日常を演出するんだけど。でも、その演じられている非日常に、「恥ずかしさ」「照れ」という日常は現れちゃいけない。


でね。
舞台の上のひとはかっこよかった。

特にやっぱりHash Tagのひとかっこよかった。
かっこよかった。


もちろん顔もきれいなんだけど、ね。


自分というものを認めている、もしくは認めようとしている感じがすごく好き。

 

でね、そんなことを考えているときに、先輩の萌子さんが言ってくれた言葉。

はるなもそうなんだよ。
はるなだから誘ってもらえる、はるなだからいいねって言ってもらえる。
はるなだから助けてもらえる。
それを受け入れないと。
ね。


もっと優しい言葉だったんだけど、いつも通りしみ込んでしまうと元の言葉を忘れてしまいます。

萌子さんありがとう。


なんていうか。

もっとかっこよくなりたい、そう思う夜でした。


もっとかっこよくなりたいなぁ。

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