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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「毎日が幸せだったら、それは幸せといえるだろうか」 さとうみつろう講演会12.14

 

さとうみつろうさんの講演会に行ってきました。

だって、引退する!というので、ええ~~!?と思って、でも3か月ぐらいらしいです。


始まった時からミラクル。

開始が10分遅れてるのにみんな和やか、誰もそわそわしてない、みつろうさんは「早く席につけ」の歌を歌いだすし。
なんてかっこいいひとだと思いながら、なんかここに来られてよかったなぁの気持ちを満喫。

ブログチェックしてなかったから、ベートーベンの第九をうたうって流れに目が白黒。え~~!?の連続。

これをみんなで歌ったの。


籐兵ドンと農民たち:よろこびのうた

すっごく楽しかった、ヒロトばんざい!だよね。

これ聞きながらこのブログ読んでくれたらすごくうれしい!

 

あ~からん~までみなベートーベン。

いっぱい歌い終わったあとに、頭おかしいひとしかいないと思いながら笑いが止まりませんでした。

人生で今日しかないな、今しかないなって。
2000人のひとと川崎の素敵なホールで、第九をうたう。横をみたら阿波踊り。前をみたらお客さん。(そう、勝手にステージに上がった)

すごい経験だったなぁ。

この「今しかできないだろうな」が大好き。今を生きている気がするし、たいていの場合それは一人でなんとかして起こせる類のものではないから、手に入れようと思っても手に入れられる経験ではないから。つまり奇跡。それは奇跡なんですよね。

 

聴きたかったみつろうさんのこの歌も生で聞けて。


01スターライダー

なんで泣いてるかわからないけど、涙がほろほろ。止まりませんでした。
きっと言葉もメロディーも優しいから、ほっとしたんだろうと思います。


あの星が集まっている理由は、あの星もひとりで生まれたから。
あの星が君に伝えたがっていることは、あの星も特別じゃないってこと。

 

素敵な歌詞だからぜひCD買ってね!チェックしてね!

 

グラビトン

グラビトン

 

 
そのあと、お客さんでいらしてた天宮玲桜さんにハグをしてもらって「沖縄にきてください」と「ありがとう」が伝えられてすっごくうれしかった、すっごく嬉しいって言ったら「私もうれしい、沖縄も大好きよ」と言葉をもらってもっと嬉しくなっちゃった。すぐ見つけたから3人目のハグだった、ご迷惑かもしれないとか考えながら走っちゃった。そのあとすぐに長蛇の列だった、だから、お会いできたのもハグができたのも奇跡。これはちょびっとだけ自分で起こした奇跡でもあるけど、でもそれはさとうみつろう講演会のチケットを買ってあの席を買ったというのと同じ類の自分の力。ほとんどは、たぶん95%は、私ではない力による積み重ね。


カノン瞑想もすばらしかった。
平均律のピアノをずっと弾いてきたから、気持ち悪いって言われてなんだかショックだったんだけれど、そんなのも純正律のピアノの音色を聴いたらひっこんじゃった、身体が喜ぶってああいうことなんだね。そしてだから疲れるとバイオリンの曲聞きたくなるんだね、チェロとかも。


瞑想には二種類あるそうで、自分のなかに深く深くもぐるようにして感覚を閉じていって、結果自分と周りの境界線を消すような瞑想。
そしてもうひとつは自分を外側から眺める瞑想。つまり、たくさんいる「私」から分かれて「日高春奈」として生きている自分を見つめる時間。

カノン瞑想は後者の瞑想で、私はいつもどちらかというと前者の瞑想をしているから新鮮な気持ち。


瞑想が進むにつれて、みつろうさんが質問をしてくれます。

「自分を想像してみて、どこにいる?何をしてる?」
「今年もいろいろあったね、1月、がんばったことは?2月は?」「3月は?」
「悲しかった?うれしかった?」

いっぱい聞いてくれます。
ひとつひとつの質問を体の中に入れつつ、自分をながめます。

でね、びっくりしたんだけど、私はラートをしている自分のイメージがすぐに浮かんだんです。

落ちても落ちても繰り返しベグゼルという技に取り組む自分。
もうやだといいながらもう一度と乗る自分。

大会、ベグゼルは成功したんだけど入賞できなくて、入賞はできると思ってたから、すごく悔しくて、ああ頑張ってこなかったんだ、足りなかったんだ、まただめだったんだ、やっぱりだめなんだ、って自分にそういう言葉を浴びせていました。だからすごくくたびれてたし、あんまり気持ちが明るくなかった。

でも、この瞑想中にであった自分は、たしかに頑張っていたんですよね。頑張ってた。

自分の練習が終わったあとは、一生懸命後輩に技を指導してて、こうじゃないそうじゃないと練習以外でも考えて。こうしたらいいかもしれないああしたらとトライして、なかなか頑張れない日は自分を責めて、頑張れる日にも自分のセンスのなさを笑いながら練習して。


等身大に、ああ素敵な人だな、と自分のことを、そう思いました。
変かもしれないんだけど、そう思いました。

がんばってたんだね、と思った瞬間に号泣、というか、まあラートしてるのが見えちゃったときからもう泣いてたけど。


そのあと、不思議なんだけどガクッと眠って、自分のいびきで起きました、恥ずかしかった~~笑

まだ瞑想は続いてて、「じゃあ今年一番悲しかったこと、つらかったことを思い出して、そこにいる嫌いなひとを思い浮かべて」と言われて。
いやだいやだと思いながら、絶対やだと思いながら、手とか膝とか、というかもう体全部震えながら、そのひとのこと思い浮かべ、その日の部屋のことを思い浮かべて。怖いしやだしもうやだと思って泣いてるんだけど、みつろうさんが「そのひとを抱きしめて」というわけですよ。

うそでしょ。

無理でしょ。

いやいや絶対いや触りたくない。

頭の中の話なんだけど、目の前にいるみたいなんだよね、瞑想効果?

そう、でもみつろうさんの言葉は続いて「そのひとがいたから、その経験があったから、あなたは今の生活を楽しいと感じられる、幸せを感じられる。毎日が幸せだったらそれは幸せといえるだろうか?」と訪ねてくれるんですよね。

そのときによくわかって、ああよかったんだ、起こるべくして起きたんだ、こういうことを教えてくれたんだ、だから私は今がんばれてるんだ、生きて居られているんだ、とそう思いました。それで今度は静かにほろほろほろほろ泣いて。

でね、ぎゅーっと抱きしめて、嫌いな人を。大嫌いで憎んで憎んで憎んでいたはずのひとを。

「ありがとう」を伝えたら、申し訳なさそうな顔をして、すっと消えちゃいました、そのひとたち。

 

この言葉についての解説はここで詳しく。

毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか?

毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか?

 

 


それが終わったら、「自分を抱きしめて」と。「体から伝わる大丈夫を感じて」と。

私の体は、脳みそは優秀で、本当に毎日それによって助けられていて、ありがたい。


不器用だし、ばかなところもいっぱいあるんだけど、でも、自分があの瞬間思い浮かべ、感じ切った日高春奈はなかなか良い人でした。キラキラしてて、いろんなひとに愛されて、なかなかうまくいかないけど目の前のこと頑張って取り組んで、いつも一生懸命で、時々全力でだらけることにも一生懸命で、笑っちゃうくらい人のことすぐ許しちゃって、憎んでるとかいいながら相手のこと気にしたりして。本当にいいひとでした。あとそんなにぶさいくじゃなかったのも面白かった笑

いつもひどいことばっかり言ってごめんね、と自分と話して、なんだか今年一年本当に濃かった(毎年すごく濃くて体感だともうおばあちゃんなんだけどね)

 

ありがとうでいっぱい!

そう、そして、この講演会を締めくくった歌の途中で、さとうみつろうさんがこんなことを言いました。

「今日もこの世の中には〇〇の法則とか、こうすれば幸せになれるとかマインドの指導とかいろいろあるけど、そんなの考えてる暇があったら、動いたほうが早いよ、そんなの勉強してるあいだに死んじゃうかもしれないよ、そしたら死ぬときあなたは何を思う?もっと動けばよかったと思う?なら今、今動かなきゃ」

すごく響いて、体中がぐわんぐわん揺れて、もっともっと純度を上げないといけない、もっともっと自分に素直に、もっともっと真剣に生きないといけないとそう思いました。


もうひとつ面白い話があったんだけど、これはまた今度!