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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

自分に「嘘」がないひとは強い、気持ちもマッチョになってきた。

 

出来事は、出来事でしかない。

解釈するのは自分。

それを教えてくれたのはさとうみつろうさん。

神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-

神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-

 

 

それを実感する毎日です。

ひとつひとつの出来事に、自分で色をつけていく。

 

自分から出ていく言葉を大切にしていくことをし始めて1週間くらいになるんですけれど、どんどん人から大切に言葉をいただきます。うれしいの。

 

なんかね。

生きるのって本当に面白い。

ゆるゆるになればなるほど、すごいことになってしまう。

ゆるゆるになればなるほど、やらなきゃいけないことが何かわかる。

 

時々、びっくりするぐらい誤解されて、すごく悲しくなるときもある。

自分に「嘘」があれば、何を言われても悲しくない。

ありのままで生きていると、何か言われたらその分刺さる。

って思ってたんだけど。

つまり、仮面をつけて生きてたら、仮面について「変なの!」って言われても、仮面だもんね~~って逃げられるでしょ。

だから仮面をつけてない、そのままの顔への悪口・コメントは傷つくんだよなって解釈していたわけですよ。

それも違うって今日飛行機のなかでよくわかりました。

 

あのね、どうでもいい。

自分に「嘘」がない。

ありのままで毎日を一生懸命生きてる。

そんな私を誤解するひとは誤解したままにしておけばいい。

何か言われても素通りしたらいい。

だって、「嘘」がないんだもん。

 

信じてもらえないならさようなら。

だって、あなたに信じてもらわなくても。

許してもらえなくても。

私は私で生きていけるし、進んでしまうもん。

 

なんで私のことを「嘘」だという人の顔色を窺って、

気を使って、いい子ぶりっこをして、

そうやって生きないといけないと思ってたんだろう。

「傷つけてごめんなさい」とさえ思ってた。

 

でも、それも違う。

だってそのひと「傷つけられた」って思いこんでるだけ。

私は別に傷つけてない。

っていうかそもそも眼中に入ってないんだけどね。

 

本当に私のことを大切に思って注意してくださるひとはわかる。

目が真剣だし、声も真剣。文章でもわかる。

 

しかも軽やか。

 

「お前なんか」「お前よりも私のほうが」

そう言ってくる人は、その人の人生を生きたらいいのにね。

そしたら、「私なんか」気にならなくなるだろうね。

 

ちゃんと悲しいを感じきったら、びっくりするぐらい解放されちゃった。

本当にいいんだね。

自分らしく、自分で在る。

 

そうやって生きていけたら、そうやって生きてるひとたちに囲まれる。

もとからずっと素敵な人たちに囲まれて生きてるけれど、最近ますますです。

ありがとう。

そのままを信じてもらえる喜びは格別です。

そのままを好きになってもらえる喜びも格別。

 

もう、開くのをやめようか迷うのやーめた。

もう、いちいち気にするのやめた。

 

また気にしちゃったら、気にしなくなったときの気持ちを思い出せるといいね。

思い出せるねきっと。

 

いつもいつも素直に「好き」をプレゼントしてくれてありがとう。

はっぴーな夜に乾杯~~~~!

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