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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

思い出ほろほろin東京


東京に来て二日目の夜。

考えたことも、感じたことも。
考えていることも、感じていることも。
たくさんありすぎて、どうしたもんだか。

 

今の気持ちのそのままを、だらだらと書き連ねる。

意味がないなぁ、生産性もないなぁ。情報価値もないなぁ。

と、なんちゃらハードルなんちゃらをしたくなる。


今日は、ずっと行きそびれていた母校の行事に。
(母校、という響きが今まではしっくりきてなかったけれど、今日しっくりきた感じ。)
(ちなみに愛知県に引っ越して転校して二年間通った高校は父校のような、そんな感じね、ちちこう!)

イベントは「美術展」といって四年に一度ね、学校全体に幼稚園生から大学生までがつくった美術の作品を飾るっていう、お祭り?みたいなもの。

私は父と母がこの学校の卒業生、祖母も関係の学校の卒業生、三世代目の学園生。
ほいで、3才の頃から15才になるまでここにいたんですね。12年間。
今は21歳ですからちょ~どだいたい人生の半分くらいをこの場所のなかで過ごしたような感じ。


そんなことは重要なことではなく。
このイベント「なんとなく」いかないといけないと思いいったイベント。
そのために沖縄から東京に行くチケットを取り、泊めてくださいと言って、あいあーいと言われ、という感じ。

感じ。

ほいほいほいで、「なんとなく」行ったイベントで、会うべきひとにはあるだろう、とそんな気持ちで歩いていました。

そしたら本当に、会いたいなと思った人にはあえて、会いたくないなと思った人には会わなくて。
そしていつもこの世界は私が思う「会いたいな」を少し上回る景色をくれますが、中学生の頃、一番苦しかった頃にたくさん迷惑をかけた保健室の先生にもやっとお会いすることができて、お礼も言えました。

「卒業してね、だんだんみんなが元気になっていくのを見ると、ああやっててよかったなって思うのよね。ああ大丈夫なんだなって思えるのよね。」と、先生おっしゃってた。
頭があがりません。


あんまり思い出したくないけれど、そう。
一番苦しかった時間がここで過ごした時間だなぁと、その苦しかった時間から抜けだすきっかけをくれて、抜け出すまでの間ずっと見守ってくれていた二つ上のひとと、あの頃と同じように腕を組んで歩きながら、そんなことを考えてました。


一番苦しかった。
「一番」とつけたいくらい苦しかった。
息を吸うのも、吐くのもしんどくて。
ごはんを食べるのも、食べないのもしんどくて。
何もかもが嫌いで、でも何もかもに見捨てられるのが怖くて。
書くと、そのつらさに酔えちゃうくらい苦しかった~。


しかし、今日「お別れ」をしに行って。
改めてよくわかりました。

必要ないなと。

いついつのときに何々があり、そこで何々を得て、何々と考えるようになりました。
という経歴ちっくなものも必要ない。

だって、関係ない。
今の自分と、あの頃の自分。
全く関係がない。


いやあるんだけれど。
あるはあるんだけれど…。

「苦しかったから今がある」
「あの頃のつらさが私に優しさを」
とか全くない。

つらかった。
苦しかった。

そんなのいつまでも握りしめてなくていい。
っていうか勝手に先に「幸せになる」ことだけ決めてしまえばいい。

なんでそんなに単純なことに気づけなかったのか。

私が私である、という当たり前のその事実だけで、たくさんのひとに大切にされている。
今となんら変わらない。

「つらさ」という演出なんて必要ない。
その眼鏡も、荷物も、業も投げ出してしまえば身軽だね。


もっともっと身軽になる。
もっともっと幸せを感じる瞬間に出会っていく。

つらくなくても、くるしまなくても、今の自分のまま楽しみながらやりたいことに身を投げ出していれば、そのなかで訪れる苦しみをひとつひとつ解いてできるようになっていけば。


それでもう幸せなんだと。

うすっぺらい考え事だけれども。
そんなことを考える二日目の夜です。

そして、なんとなく明日帰る気がしなくて、明日の夜も泊まることに。
明日もゆっくりしよう。

この場所にいる間、あの頃の自分の声が聞こえるようなそんな気がして。
その自分をまるっと抱きしめられるのも、突き放せるのも、今の自分ならではだな~と。

別に好きになれなくていい。

なんなら嫌いだし。

でも、必要な自分の一部。
なくなってしまってほしくはない。

あの頃を生き抜いてくれてありがとう。
あの頃を生き抜かせてくれてありがとう。
あの頃を見守ってくれてありがとう。


別にみんなに自分の経験を知ってもらう必要もない。
必要なタイミングで必要なひとに寄り添うために開けばいい。

自分の経験をツールにしてしまわなくていい。

自己開示なんてしなくていい。


そのままで生きればいい。

 

目の前で三味線を練習する、あの頃から抜け出すまで、もう一度生まれるまで、ずっと近くで見守ってくれていたひとを片眼で見つつ。

一緒に夢をかなえていこうと、決意新たに。

夢をかなえていくところを見たいし、見てほしい。


「ぜんぜん変わらないね」
「相変わらず仲が良いんだね」
そんな言葉がくすぐったく心地良い。


「私が私である」というのは、すごくいい言葉で、それは「ダメなところもいいところもどっちも全部私である」と似ている言葉。

結局ぜ~んぶばれている。

これは昨日行った心屋cafeで超大好きないかりんさんが言っていた言葉。

ばれている。

それもそうだなと思った。
その、大切なひとが今日話してくれたエピソードに出てくるような女の人のような酔っぱらい方、私も一度あって、それはもう死ぬほど忘れたい記憶であるんですけれども、なんていうか。

それにしても本当に恥ずかしい経験だった。
「あんな酔っぱらい方しないって言えるなら飲んでいいよ」と言われちゃうような酔っぱらい方。
あとにもさきにもあれが一番面倒くさかっただろうと思う酔っぱらい方。
本当にもうしたくない。
あのあとは怖くてしばらくお酒が飲めなかった。
そのころとても好きなひとがいて、まあまだ好きなんだけれど、どうしようもないから忘れたふりをしているけれど、とにかく、あの飲み会のころもまったく私のことはアウトオブ眼中で、好きなのもばれていたので距離もおいていないようでおかれていて、それでまわりの距離のない子に片っ端から嫉妬をして、それを言っちゃうってい…う……もうもっと情けないし、もっとあられもないというか………そういう酔っぱらい方だった……思い出しても自己嫌悪。

でもあんなに大好きないかりんさんも自己嫌悪することがあるそうだから、これはもう、あーーーー恥ずかしいと思ってそろそろ忘れよう、今年の夏でした。

ああ恥ずかしい申し訳ないかっこわるい。
ごめんなさいといっぱい言いたい。
言ってもめんどくさいだろうから言えない。
ああ全部めんどうくさい。

できるのは、もう同じ間違いをしない、こうこうこうしてみよう、とトライ&エラーに努めること。

結局ほんとにほんとにほんとーーに尊敬もしていて大好きだったそのひとにも、一言も好きと言えぬまま。でもまあ姿行動でずっと言っていたようなものだし、もういいんだと言い聞かせ季節は冬。

早く忘れないかなーと思いつつ毎日を過ごしているけれど、似たシルエットのひとを東京で見かけてもややフリーズ。ああこりゃ重症だと思いつつ。
早く年をとりたいなと思います。雑か。

とにもかくにも。

そういうダメなところもばれたうえで、近くにいるひとたちは私を「好き」と言ってくれる。それを照れてはずかしがって受け取らないままでいたけれど、ちゃんと受け取ろって思う夜。


そう、やっぱりなんだかまだ沖縄に帰りたくないので明日も泊まって、明後日帰ります。
ぷち家出。

 

この写真は男子部の校舎の前にあった素敵な消しゴム。

記憶が消えちゃえばいいのにと(上に書いた飲み会の話とかね)思うんだけれどさ。

でもさ。

記憶が消えちゃったらそれこそトライ&エラーの仕様がない。

エラー&エラー&エラー&ですよ永久に。

だからもう、くよくよしてないで、あーあーごめんなさい!と、その罪悪感をごしごし消しゴムちゃんに消してもらおう、とそんなことを考えながら撮ってもらった写真ではないですが。

とりあえず、このくらい大きな消しゴムってなんかキュートだなと気に入りました。

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大会前だけどぷち家出、満喫しよう。ありがとう。