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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

感情と体の不思議な関係

 

沖縄から東京に向かう飛行機のなかで、「感情」と「身体」の関係についてぼんやりと思考していました。

これ、面白いからぜひやってそれぞれのケースを教えてほしい、個人差はあるのか人間はみんなそういう風にできてるのかすごく気になる。

どういうことかというと。

 

「うれしいとき」

と、ぽんっとお題をだす。

 

そうすると、私の場合はみぞおちあたりからきゅ~~~んって頭の上のてっぺんまで何かが上がってきます。

うれしいの素、的な。

 

「悔しいとき」

「焦っているとき」

「嫉妬しているとき」

 

このお題に反応しているのは、のどです。

のどから口に向かって何か酸っぱいものがくおあっっていう感じで出ます。

そして言葉にできないとそれは頭まで届いてしまって頭痛になります。

言葉にしちゃうとすんなり流れてしまう。

 

「面白いとき」

これもみぞおち。

 

「重たい不安」

これね、おなかぜんたい。

だから不安、それも大きな不安を抱えているときは上半身がだる~くなるし、おなかはいたくなるし、体も重たくなります。

 

「お願い事をするとき」

足から指先までびりびりと電気が流れます。

特に下のほう、足からのびりびりが強いかな。

指先にも流れるけど、これも頭のてっぺんを抜けていくものが大きいかも。

 

「悲しいとき」

困っちゃうぐらい悲しい気持ちになるとき、体の真ん中の芯がきゅーっと狭くなってそこで涙がつくられて目に届くような気がします。

きゅーは、目と目の中心に最終地点があるの。

(すこしうれしいときと走ってるところは似てるかも)

 

「怒ってるとき」

おいこんにゃろーふざけんなよこてんぱんにするぞー!

っていうとき。

みぞおち、というより胃だな。

胃がいらいらして、きーーーーーー!!!っていうのがぐぐぐぐぐとのしあがってきて、結果として頭がカッカします。

でも、それは頭に行く前に、目からビームみたいに出ていくエネルギーが多いかも。

私は目で怒っていることが多いです。

小さいころからなんだその目は!としかられたねよく。

どんな目かなとその頃はわからなかったけど、今ではすごくなんかよくわかるので、ごめんね!って思います。怒らすほうも悪いけど、たいていの場合怒るほうが未熟だもんね。

これで学んだ。

 

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)

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そんな感じ!

楽しいからみなさんもぜひ実験してください~~