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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

今日が閾値の日だったみたい。

 

大丈夫だって言ってほしい。

大丈夫だよって言われたい。

 

そのままでも素敵だよと言われたい。

そのままでもいいよと言われたい。

 

でも、何よりも「頑張って」って言われたい。

信じてほしい。

できると信じてほしい。

 

とても自分にはできなさそうなことばかり。

でもやりたい。

全部やりたい。

 

ときどきくる不安の波は、昔にくらべてずっと小さくなった。

あんなに悲しくて死にたかった自分とずいぶん一緒になれた。

 

でもまだ時々こわくなる。

やっぱり残りの人生、全部本当は罰を受けるためにあるんじゃないかと。

だから今年の誕生日から嫌なことばかり起きたんじゃないかと。

そう思えて仕方なかった。

 

帰ってきて今やっと泣けて。

ずっと、今年の誕生日からずっと苦しかった、いやもっと前、もっともっと前からずっと苦しかったことが解けた。

ずいぶん久しぶりに本当に大泣きできて。

ほろほろ泣くのはいつもできるのに、心の奥のほうから泣くことがずいぶん前からできなくて。

 

今やっと泣けて。

 

大丈夫って言われたかった。

そのままでいいよとも言われたかった。

でも一番言われたかったのは、頑張ってだった。

できると信じてほしかった。

 

失望しないでほしかった。

がっかりさせてごめんなさいってずっと思ってたの気づかなかった。

 

ずっと期待してほしかった。

大丈夫だよ、でも、好きだよ、でも、ごめんなさいでもなく。

できるはずだよ、頑張ってって励まされたかった。

 

生まれてきてくれてありがとうと言われるような娘に、妹に、お姉ちゃんに、同級生に、後輩に、先輩に、生徒になりたかった。

誰かに認めてほしかった。

 

なりたい自分になれる強さがないことが嫌で家出をして、そのまま過ごして、自分の弱さから逃げて、大切な人たちに何度も八つ当たりして傷つけながら、でも、受け入れてもらって、やっと自分と向き合い始めて、やっとここまでこられた。

 

自分で人生を選べることを知って、自分で生きることを知って、それが全部まわりのひとのおかげで成り立っていることを知って、生まれてきたことを喜んで、毎日が面白くなって、今。

 

なりたい自分になる必要なんてまったくなかった。

今日が閾値だった。

今日が閾値の日だった。

 

東京と愛知と沖縄。

ドイツとスイス。

たくさんの場所でいっぱいにもらった気持ちが、今日いっぱいになって。

あふれて。

あふれて、今、ようやくわかったから、たぶんそれでこんなに泣いてる。

 

こんな気持ちをインターネットにたれながして、恥ずかしいなと思う。

でも、ようやくわかれたのはこのブログがあったから。

 

ようやくわかった。

なりたい自分になる必要なんてなかった。

ずいぶん遠回りをした。

 

あの頃、一番幸せだと思ったあの頃、3歳の誕生日までのあの頃から、なんら変わる必要がなかった。

何も直す必要なかった。

何もかも私のせいで、何もかも私のせいではなかった。

もっと素直に生きてくればよかった。

もっと素直に気持ちを伝えればよかった。

難しく考えずにそのままを表現して、そのままを信じればよかった。

 

あーあ。

なりたい自分になる必要なんてなかった。

そのままでよかった。

もっと人生はシンプルなものだった。

聞かされていたよりもずっと面白い遊びだった。

何か失敗をしたら終わりなんてそんな簡単なゲームじゃなかった。

誰かひとりに愛されなかったらだめなわけでも、誰かひとりを愛せなければだめなわけでもなかった。

 

そのままの自分でよかった。

そのままの自分が一番最高だった。

自分は自分しかいなかった、ほかの部分は全部他人になってこの世界にあった。

だから私が私だった。

 

こんなに豊かで安心して何もかもあって何もなくてそのままで。

知らなかった。

生きてるだけでよかった。

やりたいことをしてるだけでよかった。

 

だから大丈夫。

本当に何があっても大丈夫。

今大丈夫だと思えなくても、こわくても、いつか大丈夫な日がくるから大丈夫。

 

自分の気持ち、選択、感情、環境すべてを大事にして、最優先にして数か月。

本当に変わった。

今日が最後の日。

 

ありがとう。

朝、思い付きで温泉に行って。

昼、ベストなタイミングで会えた師匠と靴を買って。

夕、すばらしいプレゼン、人生の道をたくさん見て。

そのあと、人に頼られる嬉しさも感じたね。

そして夜、久しぶりに会って話して顔を見て。

なんか全部が必要な起爆剤だった。

閾値にはずいぶん前から達してたのかもしれない。

それに気づくのがこわかったのかもしれない。

 

もう準備はできてる。

2017年のはじまりだ。

愛がいっぱい。愛でいっぱい。

新しい時代だ。

 

からだじゅうで感じる新しさに、ずっと前から許されてた事実に、泣いちゃって泣いちゃって止まらない。

もう進むんだ。

戻れない。

でもそれでいい、生き切った。

悩み切った。愛しきった。考え切った。感じ切った。

 

これからは、ぜんぶのひとが家族で、ぜんぶのひとが一緒だ。

大丈夫だよもできるよも頑張れるよも、全部ずーっと言われてた。

受け取れなかっただけだった。

受け取る価値がないと自分に思ってただけだった。

 

あ~あ。

ひょしぬけ。

これが一回目の脱皮だ。

あともう少し試練が続く、年末まで。

あと2回脱皮をしたら、2017年になる。

びりびりする。

 

もう大丈夫。本当の意味でその言葉がいえるのは新年になってから。

それまでまだ苦しいこと続く。

でも大丈夫。

 

ここを抜けてみる景色はぜんぶ色が違う。

会いに行こう。待ってる人がいる。

進もう。やりとげることがある。

やりたいと思ったことがやれる。

生きたいように生きられる。

愛したいように愛せる。

愛されたいように愛される。

 

びっくりな一日だった。どうもありがとう。

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