「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

シンガーソングライターのなっちょんさんからのプレゼントの話

 

なっちょんさんは素敵なシンガーソングライターです。

 

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前のバイト先であるトポセシアで、最後に開催したイベント「癒されnight?」に出演してくださった歌手の方のうちのおひとりです。

 

 

私が初めてなっちょんさんにお会いしたのは、去年の今頃、お会いしたとはいっても心屋仁之助講演会2015のステージで、震えながら全身で歌うお姿を拝見しただけです。

 

その姿を見て、一瞬で好きになってしまったのをよく覚えています。

震えながら、自分の声で、自分の音で、自分の気持ちを伝える立ち姿、みんなからの愛が形になったみたいなお花の冠を頭にのせて。

 

なっちょんさんがね、今日、こんな記事を書いてくださいました。

ameblo.jp

 

嬉しいなぁって思って。

 

今日はね、たくさん頭をつかいました。

(犯罪心理学で日本の犯罪発生率が意外と高いのか低いのかよくわからないのを知ったり、マス・コミ史で文字の歴史を学んだり、大衆文化論で「メディア」という概念をやっと理解できたり)

身体もつかいました。

(ひねる技や、新しいブリッジ、跳躍種目の修正とかね)

 

体操部と一緒にラーメンも食べました。

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でもね、一日が終わった今、すこしだけ自信をなくしていて。

それは、数日前から続いてる「あのタイミングでトポセシアを辞めたのはよかったのかなぁー」というぼんやりとした後悔のようなものが原因。

 

辞めてよかったのか、という後悔というよりも。

結局、ほんとに迷惑かけるだけかけて(自分だけ楽しんで)辞めたのかなーっていう気持ち。

 

私だけのこと考えたら、すごく楽しかった、イベントの企画も運営も面白かったし、トポセシアだから出会える大人の方たちとのつながりには今も支えられてる。

でも、他のスタッフの子にとってはどうだったかな~とか。

(こないだ飲み会で、そういう指摘をいただいたのもあるけれども。)

 

でも、まあ、過ぎたことをくよくよしてても仕方ないし、ね。

離れた場所、離れていく人間関係を無理やり囲い込んで、ぎゅっと握りしめたところで、壊れちゃうだけだもんね。

戻ってやり直したり、ひとつひとつを掘り返して謝ったところでどうしようもないし。

と、なんとなく気持ちをやり過ごそうとしてたときに。

 

ツイッターにさらさら~っとこれが流れてきたんですね。

 

なっちょんさんのツイートでした。

 

読んでいたらね、等身大のなっちょんさんの気持ちがたくさん書いてあって。

 

あんなに怖がってたこと

出来ないと思ってたことが

どんな内容で

どんなイベントなのかも想像する前に

 

なんかこの人素敵だなって思って

引き受けたイベントに

わたしが怖くて避けていたことが

全部つまっていて

 

 

と最初に書いてくださっていて。

そして、

 

もうなんでもやってやろうじゃないか

壁がない部屋に

すーすー風か入ってくる感じ

そんな自分がいる

 

出遅れたけど

たくさん経験していこう

そう思えた

なんか涙でてきちゃうな

 

はるなさん本当に本当に

ありがとうクローバー

 

ってね。

もうすごくすごく嬉しかった。

 

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私と、なっちょんさんと、春翠さん。

 

もしかしたら、たぶん、いやおそらく、本当に1年と何か月か、私は自分が楽しいだけ、のスタッフ生活を送ってしまったんだろうなーと。

そして、何人かの人を傷つけたり、迷惑を(気づいてないのも)たくさんかけたんだなーって思って。

意味わからんって面と向かって言われた時もあったなぁー。なつかしい。

 

でも、改めて、あの秋分の日を振り返ると。

なっちょんさんが私の書いた詩に音をつけてくれたあの瞬間を思い出すと。

それでも、あの瞬間に出会うために働いていたのかもしれない、みたいな気持ちになります。

 

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「出発」という歌。

 

そしてね、もし、辞めていなかったら、こうこうこうだった?と聞いたり、謝ったり、いろいろなことができたんだろう、と思うわけです。

たとえば、体操部で何かあれば、ちゃんと聞けるし、話せるみたいに。

 

でも、もうそれができない。

 

9月から、本当に「分離」を感じてはいたけれど、ここまでとは想像していなかったし、それがこんなにわかりやすく現れるとも思わなかった。

 

ああさよならなんだなぁ、と今日やっと受け入れることができました。

なっちょんさんのおかげ。

 

そう、何が言いたいかというと、働いててよかったのかなぁ、みんなにとってはマイナスしかなかったのかなーと考え事をしていたときに、このなっちょんさんの文に触れて、それで「ああよかった」って思えたっていう話です。

 

何もなかったわけじゃなかった、って。

誰かの役に立てたんだなぁって、ほっとした気持ち。

 

ガンガラーの谷でステージの上でうたうなっちょんさんと再会し、イベントが終わった後に、勇気をふりしぼって握手をしに行って、お礼を伝えて、そしてイベントの出演をお願いして、メールを出して。

「私の歌をつくってほしい」なんて図々しいこともお願いして。

それにこたえてくださっただけではなく、こんな風に思い返してくださって。

ああ、なんてありがたいんだろうって。

 

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すっごく素敵な花束もいただいて。嬉しかったなぁ。

 

 

何より、イベントの日本当にたのしかった。

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そういえば、あの日、ガンガラーの谷でなっちょんさんの歌をきいて、気づいたらほろほろ泣いていました。この曲だった。


ザ・なっちょん「じゆうにそらをとぼう」LIVE映像2015.9.10

 

探し続けてた、がむしゃらに

何が正しいのか、答えばかり求めて

 

両手広げて

風を感じて

こわいままでいい

はずかしいままでいい

 

やりたいこと 好きなこと

思い切り遠慮せずに

間違いもない、正しいもない

 

空をとぼう、とびつづけよう

 

大丈夫、心配いらない

 

私がいる、みんながいる

愛されている

忘れないで

 

思い切り空をとぼう、自由に

 

というこの歌詞に、日にちの経った今も助けてもらっています。

 

なっちょんさんどうもありがとう。

 

私のことを「いいこ」だと「素敵」だと言ってくださってありがとう。

善意を信じてくれてありがとう。

 

ありがとうだらけです。

 

嫌われてもいい、好かれてもいい。

そのままの自分で、その瞬間の衝動で生きていたら、こんな素敵な体験ができた。

きっと、必要な時に、必要なだけ味方になってくれるひとに出会えるし、必要な時に必要な諭しを受けることができる。

だから、今までのような「癖」で、不安になることがあっても、でも、どうせうまくいっちゃうしな、とどんと構えたい。

 

9月が終わった今、思ったことはどんどん加速して現実になって、もっとスペシャルな現実をつれてきてくれる。

周りにいるひともくるくる変わり、さらに居心地がいい。

 

もしかしたら、こんなわがままな生き方をしてたら、そのうちふわっと落ちて、そのままダメになるのかもしれない。

こわい目にあうのかもしれない。

ひとりぼっちになるかもしれない。

 

でも、21年間生きてきたなかでびっくりするような悲しいことに出会ったりもしたけれど、でも、同時にもっとびっくりするような優しさに助けられて生きてこれた。

(家出して拾ってもらった家族のひとに居場所をもらったりね。)

 

だから、たぶん大丈夫なんだよねぇ。

もうそろそろ、いちいち不安になるのやめたいな。

やめると決めるだけ。

 

f:id:pidakaparuna:20161013014113j:plainトポで働けてよかったなぁ~。

 

ということで次の場所へゴー!だ。もう振り返ってうじうじするのやめよ。

眠ろう。

 

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www.yumekanau8.com

 

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詳細こちらから。

イベント詳細 | 心屋仁之助 沖縄講演会 2016 ~ぢん祭り in Okinawa ~

 

ぢんさんのおすすめ本はこれ!

 

 

ではでは、読んでくださってありがとうございます。

明日もしあわせだねーきっと!