「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

ブログ始めてから100記事こえて思ったことの話

 

なんで考えて、なんで言葉にして、なんでわざわざ公開してるのか。

なんでわざわざそれを読んでくださってるのか。

わからないです。

ブログを続けていて一番の謎です。

 

今回の記事では100記事、超わたくしごとを綴ってみた結果の気持ちの変化について、今までの記事もちょびっと振り返りつつまとめてみました。

 

いつも通りなが~いのですが、読んでいただけたら嬉しいです。

よろしくおねがいします。

 

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(考え事をした場所はスタートアップカフェコザでした。いい感じの場所でした。)

 

 

 

こないだ、とても気のいい大人のひとたちの飲み会に混ぜていただいて。

ブログを書いていること、書き続けていることをほめていただいたんです。

「こないだ100記事いってたね~~おめでとう!!」って言ってもらえて何を考えたかっていうと。

 

書くのが苦じゃなかった分。

なんだか。
褒められてどうしようって思ったというか。


ちょっといったん話をずらすと。今はイベントのためにコザにあるスタートアップカフェコザに来ていて。

パッと手に取った本がホリエモンの本で。

勉強でも仕事でも、あるいはコンピュータのプログラミングでもそうだが、歯を食いしばって努力したところで大した成果は得られない。努力するのではなく、その作業に「ハマる」こと。なにもかも忘れるくらいに没頭すること。

 

堀江貴文「ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく」p.76より抜粋。


というのがあってね。


おおっ、と思ったわけです。

 

でね。

このブログを更新することって、苦でもなんでもなくて、ただ自分の気持ちを見つめられるのが楽しくて書いています。


だから、一応、こうなんていうんだろう、もしかしたら自分のいい魅力のひとつになるかもしれないね、と思っていて。
(だって苦じゃなくて夢中になっているから。)

 

それでね、この「よく続いてるね」とほめてくれたひとの言葉がわりと刺さって。


「100人いたら99人は書かないから、それだけでいいことですよ」と。


で、二人ほめてくれて(かたっぽは大好きで尊敬してるしみなおさん清水直哉さん。もうかたっぽのひとは、名前だしていいかわからなくて、内緒)


その二人ともが言ったのが、「あとはやり方だね」と言ったんですね。


で、そのやり方のところをずっと考えていて。

やり方を定めるためにはゴールが明確じゃないといけない。

でも、その「ゴール」がわからない。

だから、考えないといけない「やり方」というものが、アクセス数をのばす仕組みづくりなのか、記事の内容の精査なのか、はたまた文章や写真といった中身のところなのか、それとも全部なのかっていうのが全くわからないんですよ。


このブログでどうしたいとか、私自身がどうなりたいとかってあんまりなくって。

あんまりない、というのは誠実じゃないかな。

こんなことをやりたいとは考えています。

でもね、こわいし、まだ全然掘り下げられていないから具体的じゃないんですよね。


同じような話を何度もブログに書いているような気がするんだけれど…。


こういうことが「やってみたい」ことは、1~50記事目くらいでよくわかって。

 

www.pidakaparuna.space

 

実際に心屋仁之助さんとの出会いがあったり、琉大祭でのパフォーマンスやトポセシアで開催した癒されnight?があって、「やってみかけている」のが51~100記事目、今らへん。

 

www.pidakaparuna.space

 

でも、正直。

ああ、全然だめだ、と。
やりたいことのハッキリしているようでしていない自分は好きじゃない、と。

 

さっき書いたやりたいのは、

 

舞台に立ちたい。舞台に立ってお客さんの前でラートをしたい。喜ばせたい。自分を喜びたい。ラートの選手の環境向上にも力を尽くしたい。もちろん競技の普及もいろんなひとの役に立てることだからやっていきたい。一番の柱である「虐待をなくす」こともしたい。でもそのためには好きなように生きられるひとを増やすのが遠まわりのように見えてすごく近道だと思うから、それを実践したい。だけれどやっぱり制度的な改革も必要だと思うから、そこもやりたい。

身体ぜんぶをつかって表現する「生きるヨコロビ」の話。 - 日高春奈-ぐるぐる人生の記録。

 

こういうことたち。

 


だけど、ひとつひとつ、大切にひろっても、そこに「日高春奈」だからできることってないねと思います。

自分の人生を自分で選んで生き始めてまだ3、4年目ですから、そりゃなくて当たり前だ思いあがるなよばーかばーか、なんだけど。


でもね、この上にあげたやりたいことたちを、もっと上手により確実に実健できそうなひとたちを、もうすでに思い浮かべられるんです。

だから、なんかやなんです。


きっと20代のはじめ特有のなんちゃら、という、年上のひとからみたらあほみたいな考え事なんだろうと思うんだけど。


この分野ならこのひと、この分野ならあのひと。
が見つけられちゃったら、要するに、自分がやらなくてもいいんだよなぁ…っていうむなしさ。

(ばかみたいだとは思うんだけど考えちゃうから仕方ないよね)


でも、ようやく、なが~~~~~い時間がかかって、この考え事そのものがとても不毛だというのを、101記事~の段階にはいった今、ようやく理解しました。


更新してもしなくても、だいたい200人のひとが毎日この超私的な文章を読んでくださっています。
多いときは500人くらい。最近は300ちょっとが多いかな。


でね、上の考えごととどう繋がるかというと、このひとたち、今読んでくださっている「あなた」もはいるんだけど、そのひとたちって。
少なくとも、私のことば、考え、うごきに関心を持ってくださっている(のではないか)と思うんです。

ちゃんとメディアのPV数とかの勉強をしていないし、アクセス解析もいれてないので、本当に読んでくださってるのかとか、最後まで読んでもらえたのかとか、はわかりません。

だから、たぶん、ちょーーーーーー見守ってくれているひとが15人くらい。
ちょっと気にしてくれてるひとが30人くらい。
あんまり興味ないけど読んでくれているひとは30人とか、かなーって想像・妄想しています。


何が言いたいかというと。

たぶん。

このひとたち(「あなた」)には、私のことを見てもらえるし、知ってもらえるし、感じてもらえるし、とにもかくにも書いたものを読んでもらえる。

 

のであれば。

のであれば、ですよ。

安心してやってみればいいんだ!とね。

なんかもう、何がしたいのかハッキリわからないし。
何を選んでもうまくいかない気もするし、で、そんなときに、ちょっといろいろ奇跡的な経験をして、それはこの記事に書くと長すぎるから今度別にまとめてみようと思うんだけど、とにかくすごい奇跡的な経験をいろいろして。

(気持ちのなかで話してたら豪雨にふられ、そしてもう一度話してある約束をしたら雨が止むとかね。)

そんなときに、この本を読んで。

 

ダンナ様は霊媒師 視える人だけが知っているこの世をラク~に生きるコツ

ダンナ様は霊媒師 視える人だけが知っているこの世をラク~に生きるコツ

 

 

 

あ、守護霊っているのね、と思いました。

(話の流れ大丈夫かと心配しないでください、大丈夫、大丈夫です。)


で、なんとなーく、コミュニケーションをとれてしまって、それで、今ね、こういう、なんていうか「くだらない」気持ち、自分じゃなくてもできるならいいじゃんとか、どうせ失敗するよとか、意味ないなーとか、ばかばかばかとか、そういう気持ちになっているのも、たぶん意味があるんだろうって。


ああうまくいえない。

目に見えない大きな流れみたいなものがあって、そしてそれに抗うとつまんない人生になるなら、その大きな流れにのろうって思って。

でもその流れにのるのってすごく怖くて、躊躇しちゃうのがふつう。

 

あーでもね、頭がおかしいかもしれないし、この時期に進路が決められないのかだめかもしれないのとか、もちろん思うんだけど。

ああまどろっこしい。

 


だから、もう、そういうの考えるのやめることに決めました。

そう、決めました。


だってもうしょうがない、仕方ない、こんな自分が「日高春奈」なのだから。


怖くてできない→本当はやってみたい→ちょっとやってみる→うわあ楽しいからもうちょっとやりたい→でも怖い(NOW)です。

 

とりあえず…

単位やばいし、お金ないし。

次のバイト決まっているようで決まっていないし。

そういえば卒論もやばいし。

大会まであとちょうど3か月だけど相変わらずラート怖いし。

 

なんだけど。

 

読みたいものを読んで。

聞きたい話を聞いて。

人前でラートをしてみて。

もっとひとと話すイベントをしてみて。

とりあえず12月の全日本大会までは、もっともっとやってみたいことをやってみよう!と。

踏み出せたり、踏み出せなかったり、できない自分が嫌いだったり、いろんなひとに愛されたり嫌われたり。

そういうなんかちょっとハッキリしない自分を「嫌いだな」とか「好きだ」とか思うのを面白がろうと。


まるっと愛しちゃおうと。

 

長々と書いたのに読んでくださってありがとうございます。


とりとめもない考え事、決心でした。

くずだなぁっていろんなひとに言われるし、自分でもくずだなぁって思うんだけど。

実は、今までの21年間の人生のなかで、びっくりしちゃったんだけど、生きているのがいちばんたのしいのが今で。


別に毎日何かに打ち込んでいるとか、血反吐をはくような努力をしてるとか、やりたいことのために、とかじゃなくて。

ただただ、人に大切にしてもらえることとか、食べたいものを食べられたこととか、面白い話を聞くこととか、ブログの感想がメールフォームから届くのとか、シェアされたりとか、なんていうんだろう。

ラートの練習で落ちまくったり、でも痛いけどちょっと上達したりとか。


なんていうんだろう。


そういう「日常」がすごくすごくすごく楽しくて面白いと思うようになったのが今で。


ずいぶん遅かったのかなと思うんだけど、仕方ないね。

だから、まあ、ぼちぼち、ごめんと思いつつ、ありがとうと言いつつ、ぼちぼち頑張ろうと思います。

そう思ったよっていう、100記事を超えた感想でした。

1000記事までの道のり、一緒に見ていただけたら嬉しいです。

いつもありがとう。

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