「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「生きたい世界は創れる」のがわかった話。

 

いっろんなことがあって、すっごく嬉しいことがたくさんあって。
とにかくたくさんの愛を受け取りまくった1週間を過ごしていました。

何から書いたらいいかわからないんだけれど、ひとつお仕事の締め切りも間に合って、やっと一段落したので、気持ちの整理をかねてブログを更新したいと思います。
(更新しなくなった間にすっかりアクセス数が初期みたいになっちゃった。50とか久しぶりに見たよ。ちょびっと悲しかった。)

 

まず、癒されnight?のことでしょう。

そして、ラートdeサーカス2016の話。


その二つを通して感じたことたちの話。

 

その三つが書きたい事かな。

ひとつひとつ書いていってみたいと思います。


どの記事も、気が向いたときに読んでもらえたら嬉しいです。

 


最初に二つを通して感じたことたちの話から。


一文にまとめるとしたら「生きたい世界は選べるし創れる」です。

 

 

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(ラートdeサーカス、最終公演後の一枚、愛がいっぱい!)


今はね、ほっとしています。

無事に全部「大成功」だったから。

 

なんていうんだろう、もちろんもっとできることはいっぱいあった感じがします。

こうすればよかった、ああすればよかった、こんな言葉を添えればよかった、あのひとを呼べばよかった。
いろんな後悔はあります。


(こういう考え事をすると決まって一年生のときに初めてインカレに参加したときに、インカレをつくった小山さんという背の高いラートの選手が「悔いのないように!とか言いますが、どうしたって悔いはのこるものです。だから楽しんでください、めいいっぱい楽しんでください」と言ってくれたことを思い出します。大好きな言葉です。)

 

でもね、確かにのこっているのは、そんな後悔が吹き飛んでしまうくらいの喜びです。


生きていてよかった、という気持ち。

出会えてよかった、という気持ち。

 

こんなに自分の「やりたい」を大切にしてあげられたことは今までの人生で一度もありませんでした。

そして、「やりたい」に従って動いてはいたのに、その過程でこれでもかというほど自分を責めていたことをやめられたのも、今回が初めて。

 

それは、とても、なんていうか、新しい試みでした。

 

私「なんか」には、「どうせ」こんな生き方はできっこないと思っていました。


実際、今年の春に沖縄でよく当たると評判の占い師さんに占っていただいたときは、「パフォーマー?無理だよ、向いてない、やってる未来もみえない。東京にいってお母さんと暮らしてるよ、仕事は事務だね。」と言われたし。

 

でね、その占いを受けたあとからたぶん考え事は本格的に始まって。

いや、占いなんて、というのもよくわかるんだけど、その占いはタロット占いだったんですよ。


自分で選んだカードなんですよね。


それってね、なんだかすごく意味があるような気がして、その答えをもらったときからたくさん自分と会話をしました。


本当にそれでいいのか、本当に無理なのか。

本当にしたいことはそれなのか。

 

要するに、自分のやりたいことは「できない」と決めて諦めて、とりあえず生きられる生き方を選び、そしてわかりやく人のためになれる「母と暮らす」という(それが役に立てることなのかは全くわかりませんが・・・笑)、そういう選択肢を選ぶのか。

 

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(あのころうじうじしてた自分には、こんなに堂々と演じてたよ、と教えてあげたい気持ちでいっぱいです、ライオンろぼっと)

 

それとも。

 

それとも、心のどこかにずっとあった「ラートと一緒に生きられたらいいな」「人前で話すお仕事をしたいな」「人に何かを文章で伝えられるひとになりたいな」という気持ちたちと向き合うのか。

 

どちらがいいの?とずっと自分に聞いてきた半年間でした。

https://www.instagram.com/p/BCGE2kbjcei/

(さかのぼるといつもこのおうちの話になる。) 

もっとさかのぼると、中学生の頃、14歳のときにいろいろな理由から私は生まれ育った家を飛び出していて。
そのときに本当にどうしてそうしてくださったのか、未だにどうお礼を言えばいいのかわからないくらい感謝していますが、今もこれからも大好きな家族のひとたちに拾っていただき、預かって育ててもらって。

そのときにね、決めたことがあって、それは「20歳まで生きよう」ということでした。


このひとたちに出会えて、こんなに大切にしてもらって、愛をもらって、そして離れて初めて自分の周りに愛があったこともわかったから、20歳まで生きてみよう、と決めた日のことをよく覚えています。

たくさんの美味しいイチゴを食べている間に、気持ちが波立ち、お手洗いに立ってパニックを起こし、そこに迎えにきてくれて扉をあけて、そして、何事もなかったかのように、イチゴミルクを一緒につくってくれて、それを飲んだ、あの日でした。


パニックになると、悲しいのとさみしいのと痛いのなかに溺れるような感覚ですが、今いるところがどこかを思い出させてくれて、目をしっかり合わせて、大丈夫だよと声をかけてくれて、安心させてくれる、それを一度や二度ではなく繰り返し繰り返ししてもらったことを、私は一生忘れません。

 

https://www.instagram.com/p/BFC5HpWjcbk/

(愛がいっぱい。)


ちょっと文章がバラバラしちゃうけど、あのころのパニックってね、たぶんパニック障害のそれとは少し違うもので、言ったら赤ちゃんの癇癪に近いものだったんだろうと思っています。
あの時間、私は2つ上のお姉さんを新しい安全基地(お母さん役ですね。)にして、そして、パニックを起こすことで、そのひとの気持ちを確認していたんだろうと。

で、そんなこと、そのひとはたぶんわかりきっていたし、家族のみなさんもわかっていたんだろうと思います。


それでも見捨てず、父と暮らすことが決まるまで、一緒にいてくれたこと。

 

こんなこと、今更書いて、それもインターネットに書くことに意味があるのかというと、ないんだけれども、なんだか書きたくなって書いています。

 

今でも、ずっと心の支えです。
同じように、少し色味は違うけれども、愛知の祖父母や家族も、気持ちの支えです。

https://www.instagram.com/p/BDHRxGGjcY0/

三姉妹。my sisters. みんな元気でよかった。進路の話もできた。よかった。「俺は、春奈にああしろこうしろと言ったことはないし、言うつもりもない。何を選んでもいい。ただ、不幸せにはなるな。不幸せになる選択肢は選ぶな。」と、おじいちゃんに言われた。こんなに愛してもらって、育ててもらえて、この幸運はなんていうか言葉にできない。家族って何なんだろうなぁ。 「お前はだいぶ人間らしくなったけど、まだあと二割くらいそうではない部分がある。」とも言われた。バレてない訳がないんだよねぇ。たぶん、一年ですごく変われるね😌待っててほしい、進もう。がんばる🙈🙈🙈

(自分のインスタ、今年のお正月だね。)

 

 

それでね、そんな出会いに恵まれたのだから、生きている意味もわからない、やりたいこともない、人間なんて大嫌いだと思っていたけれど、どうにか20歳までは生きてみようって決めたのが、あの年の出来事だったわけです。

 

だから、20歳の誕生日を迎えて21歳になるまでの1年間は、ただただボーっとしていました。

どう生きたいかなんてわからない、目の前のことにただただ飛びついて、たまたま生きていた感じ。


でも21歳の誕生日を迎えたときに、何かが変わったのをよく覚えています。


生きていこう、と思ったんです。

生きてみようと。


その考え方がどれだけ傲慢なことで、どれだけ「日本」に生まれた自分が恵まれているかとか、そういう「贅沢」な悩みだということも重々承知しています。


でも、それまで20歳以降、生きるつもりはなかった私はもう一度「生きる」ことを選びました。

 

そしてあわせて「ご機嫌で生きる」ことも選びました。


明るく生きると決めて生き始めたわけです。

 


毎日波はある、悲しい出来事もある、でも、それでも根本的には「明るく」「ご機嫌」に生きると決めて生きています。

 

だいたい21歳の誕生日なんて最悪な始まり方でした、これはもう書けないことだから書けないけど、本当に最悪な始まり方でした。

 

https://www.instagram.com/p/BDefUeNDcQX/

神様は、これでもかというほど、人間の嫌なところを見せる。今回はまさかの誕生日に。でも、その分だけありえないほどの優しさとか、幸運とか、そういうプラスもくれてる。そして、自分のなかにも同じ要素があるというのも伝えられてるね。なので、こんなことなんでもない、と笑い飛ばすことを決めて笑い飛ばす。もう握りしめたり、原因を探したりしない。傷つくかどうかは自分で決める。21歳は、幸せを選び続ける。どの分野に関しても、スタート地点に立ててる、ここから走れる。ワクワクしてる、絶対あのステージに二年後立つ。そのために積み上げる。気合いはいった!

(自分のインスタ)

 

こんなふうに書き残してる、誕生日の次の日に。

神様はどうしてこんなことするんだろうかといっぱい泣きました。
不幸自慢をしたいわけじゃなく、ただただ考え込んでいました。
何の意味があってこんなことに出会ったのか、ずっとずっと考え込みました。


でた結論は「意味なんてない」でした。

起きた出来事に意味なんてない、ただ起きたこと。


そしてそれは、私に様々なことを教えてくれましたし、本当に信頼できる大人を見分けるための方法もちゃんとよくわかりました。


自分のことを守れるのは自分だけだということも知りました。


今でも憎んでいるけれど、もうあんまり考えていません。
だいたいの大人のこと大嫌いになったけれど、そのぶん大好きな大人にも出会えるようになりました。
(そういう意味で「好き・嫌い」というのは大切な指針だと思っています。)


そんなことはどうでもよくて、とにかくそんな感じで21歳が始まって、タロット占いのこととかもあって、いっぱい考えて、いっぱい考えて。

 


でね、こういう出来事たちに出会ったわけです。 

 

www.pidakaparuna.space

 


それで、もうはっきりと「生きてて嬉しいを表現しまくるよ!」を決めました。


そして、今回の2つのイベント。

 

癒されnight?では「愛のあふれるイベントだったね、何よりはるなの言葉がよかったよ」と大好きな萌子さんに言ってもらえました。

ラートdeサーカスでは「はるなちゃんはラートで生きられるよ」って素敵な言葉で伝えてもらいました。

 

今、タロットを引いたら、きっと全く違うカードが出ると思います。


そんな気がする、というだけだけれども。


だいたいのことは「そんな気がする」とおりに動くような気がします。

それさえも、そんな気がする、という気持ちからですが。

 

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(ぴかぴかしながら生きていきます。)

 


読んでくださってありがとうございます。


9月は大きな分岐点。


私が選んだ世界は「生きたいように生きられる世界」です。

選べたのはみなさんのおかげです。

 

観たいものを観て

会いたいひとに会って

聞きたい話だけを聞く

好きな音楽は生で聴かないと

食べ物は食べたいものだけを

飲み物も飲みたいものだけを


来るもの拒まず

去る者追わず

近くにきてくれたひと、いてくれるひとをまるっと愛して


そして

何よりも大切な「自分」を守り、愛し、甘やかし、一緒にやりたいことに打ち込んでいく世界

 

 

この先にあるのはなんだかまだわからない。


でも、今朝書いたような、こんな気持ち。

 

 


これを私は一生感じるんだろうと、そんな気がします。

 

もっともっと大勢のひとのまえでラートをしてみたい。

もっともっと大勢のひとと話しがしたい。


もっともっと、生きやすい社会が何かを考えたい、実践したい。

 

もっともっとみんなが好きなことでお金をもらえる仕組みづくりをしたい。

 

 

したいことだらけ、それは「生きたい」という気持ちが湧き出るのと似ています。

 

とにかく、今関わってくださっているすべてのひと、そしてそのすべてのひとを支えているすべてのひと、その先にいる人。

みんなのおかげ私はとても幸せな気持ちです。

そして、それは自分を中心に広がる輪。

だから、私は私をとても好きだし、だから、私はみんなをとても好きです。

 


こんな気持ちをプレゼントしてくださってありがとう。

幸あれと、心の底から思っています。

 

あなたの苦しい気持ちが一日も早く癒されますように。

そのさきにたくさんのはっぴーがあふれていますように。

そこに寄り添えますように。

みんなともっと楽しい景色が観れますように。

 

全部もう「できる」と決めていることだから、「ように」ではないんだけれど、便宜上。

 

このあと、私の人生はもっともっと加速して、もっともっと楽しいことが増えるような、そんな気がする火曜日です。


火曜日っていいね、「火」だから、なんだかエネルギッシュ。

 


久しぶりに書いたら楽しかった。 

読んでくださってありがとうございます。


素晴らしい一日を。

 

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次はラートdeサーカスのこと書こうかな~~


まあまだお金のこととかいろいろうまくできてないこともあるんだけど、そういうのもう少しでできるようになるから、家族にはややではないどころの迷惑をかけてるんだけど、もうちょっとだけ気長に見守ってもらえたら嬉しいですとかとんでもないことを書いて終わりにします。

このブログ、読んだら一番こまるの家族なんだよな~~~。

そんなこと言ってないでやることやれ!と言われる気しかしない。

ごめんなさーーーーい!!

でもこのブログはやがて私のお仕事窓口になっていくので、あんまり気にしないでもらえたらいいなと……ごめんなさーーーい!!!