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「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

目の前のひとのこと、信じても信じなくてもどっちでもいいよ、の話。

 

高校の古文の先生に「無茶はしていいけど、無理はしちゃだめだよ」と何回も言われたのを思い出します。


無茶は、茶をいれるのもやだ~くらい疲れるレベル。

無理は、「理―ことわ(は)り」に反していること。

 


あの頃も、いい言葉だと何度も思いましたが、今21歳、あれから5年弱経った今、さらによく沁みます。

いい言葉はのこるなぁ。

 

私の通っていた高校は、愛知県の私立の高校です。


赤い電車の走る名鉄神宮前駅から、徒歩で20分くらいかかる場所にありました。

 

毎朝、お姉ちゃんがお家から最寄りの駅まで送ってくれて、そして、そこから一時間くらいで神宮前駅に着きます。

道中には油そば屋さんがあって、そこの店長さんは沖縄出身で、琉球大学に決まったときにめっちゃ喜んでくれました。
(帰省のときに寄って、おみやげにシーサーをあげたら、「うれしーさー」と言っていました。)

途中にあるセブンイレブンの店員さんたちは、私が買いに行くと「生徒会長だ!」とちやほやしてくれました。
(私は生徒会長でも生徒会でもありませんでした。)


その横にある公園は、大きな滑車のような遊具があって、それが大好きでした。

 


これらの場所を思い出すとき、私はいつもだいたい同じ考え事をしています。


それは、目の前にいるひとのことを信じるかどうか、の考え事です。

 

でも、昨日、そんな考え事は無意味だなぁと、やっと心の底から思えたので、それについて今日はまとめてみます。


ひとつひとつの考え事をこのブログで整理できることにとても助けられています。
そして、これを読んでくださってるひと、その反応があるから続いています。
ありがとうだらけです。

 

 

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(二日間しっかりお化粧をしたので、今日はもうお化粧しません、の顔)

 


ひとを信じるかどうか、を考える局面はだいたいが何かしらの選択の前に立っているときだと考えています。

このひとについて行っていいのか。

このひとの善意は本当に善意か。

このひとの力を借りることは、あとで何かになって襲い掛かってくるだろうか。

 

その考え事のスタートは高校の頃でした。

 

高校2年で転校し愛知へ、それまでは不登校でしたから、というか、不登校になる前から学校の勉強に全然熱中できず、授業は寝ているか本を読んでいるか。
教室が苦手だったのは小学生からでしたが、中学に上がり、学年が上がっていくたびに、より苦手になり、最後は居られなくなってしまったという流れで不登校でしたね。

ちゃんと不登校をやらせてくれた周りの大人や、家にしょっちゅう遊びに来てくれていた友人たちには今も本当に感謝しています。


それでね、高校2年で転校したときに受けた編入テストの結果が、英語と国語が100点近く、数学が0点だったわけです。

どひゃ~。
変な性格なのも納得の偏り具合です。

 

https://www.instagram.com/p/_6Kf9dDcbg/

(最初に書いた名鉄電車。これは金山駅!)


編入が決まったのは2月でしたから、わりと毎日勉強して編入テストを受けました。

それこそ小学生のドリルからやり直して勉強しました。お姉ちゃんが私の先生でした。

数学も勉強したんだけどなぁ。

そう、それでね、そんな学力でしたから、数学でいったら小数点の掛け算割り算に自信がなく、国語でいったら古文に苦労させられましたね。
英語もbe動詞からやり直して。

(編入テストは中学卒業レベルを聞かれていたので、高校1年の分を勉強する毎日でした。)


転校して、割と環境にも慣れたときに、「卒業したらどうするか考えないとね。」というおばあちゃんの言葉から進路を考え始めます。
姉が就職活動を始めていたのも大きな要因だったかもしれません。

でも、当時の私は、学校でするような勉強は好きになれないし、やりたいこともない。
なんなら好きなことなんかわからないし、どちらかというともう生きていることが大変だー、みたいな状態。
パニックもひどくて、しょっちゅう保健室に逃げていました。
(さぼりで行っていたことももちろんありました。)


そんなときに、生物の先生に「お前卒業したらどうするん?」って夏前に聞かれて。

どうしよ~~と思いながら、「愛想いいから、キャバクラとかにはいって働いて生きてくよ~。」とへらへら答えたをよく覚えています。
(キャバクラも大変だとわからなかった頃でした。わか!)


先生がね、「別にお前が決めたことにとやかく言うつもりはないんやけど、お前はそれでいいの?退屈するよ。俺はあんまり勧めんなぁ。」と言ってくれました。

(思えばあの頃から関西弁には弱かった、うんうん。)


その一言をきっかけに私は大学受験を決意し、毎日6時間、時には16時間も!勉強したわけです。

すごいなぁ~。

 

https://www.instagram.com/p/0ffmsQjcfm/

(最初に書いた油そば屋さんにて)

(女子高→共学だった私に、初めてできた男の子の友達と。)

 

なんだか話がすごくそれちゃった気がする。


う~ん、ここまでで言いたかったのは、ひととの出会いによって大きく人生が動いてきた、ということ。


でね、勉強を決意した私に対して、先生たち、教科担任をつけてくれて、これはこれという具合に個人授業をつけてくれたんです。
表向きは、勉強についていけない分の補習という形でスタートしました。


あの仕組みがなければ、私は大学受験ができなかっただろうと今でも覚えています。

 

でも、ある日、あれは高3の夏くらいのときだったと思います。

職員室で先生たちが話しているのを聞いてしまってから、急に先生たちとどう接すればいいのか、頼ればいいのかがわからなくなってしまいました。
(それまではね、もう超頼りまくり、もう何も考えずに頼りまくっていました。)

その会話というのが、大学進学の結果の予想、みたいなもので。

まあ言ったら、高校が中学生(入学希望者)を増やすために、大学合格の実績をどれくらいつくりだせるか、という話。


もうね、がちょび~~~ん、どころじゃありません。

先生たちは私のことが好きだから面倒を見てくれていると本気で思っていたわけです。(はずかしい)


なんで、実績ってなんだ、どういう仕組みなんだ、先生たちはそれがほしくて私を、、、みたいな。
頭もぐわんぐわんして、怒ったり悲しんだり、落ち込んだり、はしゃいだり、と気持ちの整理がつけられなかったのをよく覚えています。

 

そう、あのときがたぶんこの考え事のスタート地点だった。


自分を助けてくれるひとが、自分のことを選んだ要因はなんだろう。


能力には自信がありません、すごいひとがいつも周りにいたから。

なら、言うことを聞きそうに見えるから?

好きな大学を受けさせるのが簡単そうだから?


先生たちのことは大好きで、いつまでも気持ちを隠せなかったので、先生たちひとりひとりに聞いて回ったのを覚えています。
(あんなに忙しかったのにお仕事増やしてごめんね!って今は思います。)

先生たちは真剣にこの問いにも向き合ってくれました。
どうして実績が必要か、なんで私を選んだか。
ちゃんと言葉にしてたくさん説明をしてくれました。

そして、実績の話が先にあったのではなく、私の想いが先にあった、と。
誰でもここまで手厚くできるかはわからない。
能力もある。

と嬉しいことばかり言ってくれました。


そこで納得をすることにしました。

 

でも、結局そこへの気持ちは卒業まで、そして今も結局先生たちが教えてくれた答えが本当かはわからない。

「人の言葉」の真意なんて見えないわけです。

理解することはできない。考えたって仕方がない。

 

だから「信じる」という言葉があるんだと今はよくわかります。


ブログの最初に書いたように、私はこの考え事にゴールをやっと見つけられました。


それは、「自分のやりたいことを明確にすること」です。

少しずれているようにも見えるけど、これがこの考え事へのゴールだと思っています。


上に書いたみたいに、人の言葉の真意なんてはかりきれない。

自分よりも年上の方から出される魅力的な提案をすごく信じて嬉しくなって、その相手を信じすぎて痛い目を見たこともあります。
その痛い目はまだトラウマになって私をひどく苦しめますが。おこ。


でね、なんで「自分のやりたいことを明確にすること」がゴールなのかというと。

もう超わかりやすくて。


裏切られてもいいや~」って思うからです。


目の前のひとを信じられるのかどうかの考え事をしているときって、選択の前に立っていることが多い。
そしてその選択は、そのひとの話にのるかのらないか、で別れていく人生なわけです。

のった先には成功があるかもしれない。
でも、そこに行きつくまでに、いいところだけとって利用されるだけで捨てられるかもしれない。

そんなことは今はもう何もわからない。

もうどうしたらいいんだろうって考えていたときに、ぱってわかったのが「裏切られてもいい」でした。

 

https://www.instagram.com/p/x75Ee0DcR-/

(そんなこと考えずに信頼できるひとに出会えてる幸運もあるね。)


そして、それを思うためには、「是が非でも達成したい自分自身の目標」を明らかにすることが必要です。

それが必ずしも大きなゴールでなくてもいい。
持ちかけられている話でなくてもいい。

その途中にゴールがあったって、それをステップにしたゴールがあってもいいわけです。


だから、「自分のやりたいことを明確にすること」が、唯一、ひとを信じるかどうかのいやな気持ちから逃れる方法だ、と今思っています。


だって、往々にして目の前のひとを信じやすい、好きになりやすい自分を変えるのはひどく苦しい。

近寄ってきてくれるひとたちみんなを疑うことは悲しい。

なら、傷つく覚悟をすればいいわけです、最初から。


このひとに愛されていたい、好かれていたい、応援されていたい。
そんな「すがる」気持ちが考え事をゆがませる。


自分にやりたいことがあるように、相手にやりたいことがあるのは当たり前、と今はよくわかっています。
高校の頃はわからなくて、たくさん迷惑かけてしまったけれど。


相手のやりたいこと、自分のやりたいことを重ね、お互いの力を合わせてより良いプロジェクトを達成させる、それがビジネスなんだろうと想像しています。


だから「裏切られてもいい」「信じてもいい」です。


そう思えるために、もっともっと深堀りして、自分の中からでてきた原石のように見える岩をまず原石にする作業をしなければなりません。


あなたのやりたいことをかなえてくれるのは、他でもないあなた。

でも、その景色に連れて行ってくれるのは、大勢のひと。

大勢のひとの力を借りて、大勢のひとと自分の夢を重ねて。


そうやって生きていくんだ、とよくわかったのが8月末から9月の最初のこの時期でした。
ありがとうございます。

https://www.instagram.com/p/xrXi2Djcew/

神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-


どんな人生になっていくのか想像もつきません。
本当にのたれじぬかもしれない。


でも、今みている夢の景色を生で見て、さわって感動するまでは思い切り生きたい。

そして、そのために、みんなの夢と自分の夢を重ねてひとつひとつ形にして、それをお仕事として生きていきたい。


そんなことを考えました。


だから、私はもっと素直にならなくてはいけないし、もっと誠実にならなくてはいけません。
それがたぶん、私を救うことになる。

そんな気がします。

もっともっとまっすぐまっすぐ生きていこう、と決める朝でした。

https://www.instagram.com/p/xjwcaLDcQS/

目標はおじいちゃんとおばあちゃんと叔父さん。

 

そしてね、今書きながら気づいたけど、これって、心屋仁之助さんのいう「損してもイイ!」とイコールだ。
びっくり。
すごいひとだなぁ。

12月にまたお会いできるの本当に楽しみ。

出会いに感謝だ。

 

これね。

 


今日も読んでくださってありがとうございます。

あなたにとって今日はどんな日なんでしょう。

私にとっては、たぶん準備の日、考え事をする日。

あ、あとレポートをする日だ。今日中に提出するものが4つも!ためちゃっただけなんですけれど。あららのら。

 

ではでは。
今日も最高な日になりますよ!なりました!


幸あれっ

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らぶ!

みんなに会いたくなった~。