「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「ハウルの動く城」を自己分析しながら見たら呪いが解け…の話。

 

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(写真はぽにょだけど見たのはハウル!)

 

昨日の夜、「ハウルの動く城」を見ました。

それを見ることをジブリ通のひとに言ったら、「ソフィーが老婆になってしまう呪いは、ほとんど自己暗示が原因だとわかった上で観ると、なぜ呪いが解けたのかも含めてより深い物語になるよ」とのアドバイスを頂きました。ほほう、と思いつつ。

素敵なホテルで体操部のみんなと映画会in大阪。

(一週間前くらいからハウルが見たくて見たくてたまらなかった私の独断と偏見による映画会開催)
(そしたら昨日はジブリの日だったという)
(なんかもうすべてに意味はあるに違いない)

 

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ひろびろホテルでね!

 

とにかくね、とってもね素晴らしかったんです。

今までは音楽とか、絵とか、魔法とか、原作とのなんちゃらとかで楽しんでいました。
でも今回は全然違いました。

上のアドバイスがきっかけで「これはどういう意味で(どういう意図で)描かれているんだろう」と思って見たからです。
そのおかげでエンドロールの歌までしっくりきて、ぼろぼろ泣きました。
ほぼほぼ嗚咽です、後輩は引いていたと思います。


さて、何が特に心にきたかっていうと。

1. 登場人物の特徴に関して
2. 登場人物の描かれ方について
3. ソフィーの呪い

のみっつ!


まず登場人物の特徴についての話を。

これは、上に書いたこととちょっとずれるかもしれないんですけど。
(根元にあるのは「どういう意図で?」という質問なので流れとしては合ってる)

誰視点の何にどう共感しているか?
どういった種類の心理描写に惹き込まれたか?
について、かなり考えて見ていました。

それらを分解していったときに、結局「自分」を見ていたということに気付いたわけです。

興味を持つところは自分と同じところ、つまり共感できたところ。

まずそれが面白かったです。
こんなにずっと一緒に生きてきた「自分」という存在にまだまだ興味を持っていることが。
(一種のナルシズムなのかもしれないけど!)

 

そして、次に、登場人物の描かれ方
上では登場人物の特徴に着目して見たと書きましたが、これは着目しやすいようにしっかりとキャラクターが作りこまれているからできること。
そして、それぞれのキャラクターには「良い」「悪い」点がしっかりと描かれています。

初期ソフィーだったら自己肯定ができてないとか、初期ハウルはうじうじしやすい、とか。

でも、それらの特徴が「良い」「悪い」の判断以前に、とってもとっても魅力的に描かれていることに気付いたんです。
(良い悪いは、強い弱いにも言い換えられるかな?)


でね、それって、今の生活をしていて、まわりにいてくれるひとが自分にしてくれてることと似てるな~って思いました。

良いところだけじゃない、悪いところもある。
悪いところだけじゃない、良いところもある。

強いところだけではなくて、弱いところもあって。
でも、弱いだけじゃなくて。

みたいなね。

 

「ひと」の性格・特徴って様々なものが混ざっているから、二分的な評価ができない。
どのひとの長所も短所も、ぜんぶ言い換えるとひっくりかえせるし。
(のろのろしてる→慎重だ)(慎重だ→のろのろしてる)

とにかく、とっても複雑な構造をしていますよね。
でも驚くほどシンプルに、長所短所問わず、どのひともそこに生きているだけで誰かにとって素敵な存在です。
(わたしが嫌いでも誰かは好き=素敵な存在、ちなみに全世界のひとに嫌われるのって超大変だと思う。)

バシャール的にいえば「ひとは光と愛で出来ている存在だ」というそれに似てるかな。
とにかく、そこに立って生きているだけで素晴らしい存在ってニュアンス。

そういうこと、日高春奈の良い悪いを超えたところの良さについて、惜しまずに言葉で態度で伝えてくれるひとたちのことを思い出しながら見ていました。
(最近やっとそれを疑わずに吸収し始められました。)
(どうもありがとう。)

そんなこと思いながら、もっともっと愛を伝えられるひとになろうと決めました。
「好き」も「良い悪い関係なく魅力的だ!」もいっぱい。
言葉でも態度でも、生き方でも。

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(前転の仕方はちがうけど前転の楽しさは一緒!みたいな)

 

そして最後、ソフィーの話
これを感じられたことが今回ハウルの動く城を見れて一番よかったと思っている理由です。
そして本当に最初に書いたアドバイスのおかげ、感謝しています。ありがとう!!


ほいで、なにって、私はソフィーの生き方にものすごく感動したわけです。
ハウルの動く城を見たことがない方のために簡単に説明もすると。
(私の解釈なので、あれです。ファンのひと気持ちを害したらごめんなさい!)

ソフィーはいろいろ自信がないのといじけている女のひとです。
ハウルは超自由な魔法使い、でもプライド高くその分もろく。

そんなソフィーとハウルが出会うわけです、そして恋に落ちてく。
最初は、ソフィーの片思い。でも、ひたむきでまっすぐで素直で美しいソフィーのこと、ハウルも好きになっていく感じ。
(たぶんね)

で、ソフィーとハウルが出会ったわけって、一度目は偶然。
でも、その偶然って、ハウルがハウルのことを求めて求めてたまらない荒地の魔女から逃げていたとき。逃げるカモフラージュでソフィーをつかいます。

荒地の魔女は欲しいものだらけ、物質主義の権化みたいなお化けみたいな。
そんな荒地の魔女はもちろんソフィーに仕返しを(やきもち?)

それが「呪い
で、この呪いですが、なんともまあ難しい呪い。

この呪いは「自己肯定感が下がる、自己評価が下がる→自分の外見がおばあちゃんになる」呪い。
もちろん逆のときは「自分らしく生きている=実年齢の姿」になります。

で、それからいろんなことがあって、ソフィーはハウルと、他の登場人物と関わりながら、時間が経つにつれてどんどんと強くなっていきます。
自分らしくまっすぐに生きるようになります。
そうすると、もう呪いなんて意味ない!
いつも美しく若々しいソフィーです。

そして、愛ゆえにハウルも強くなり、ソフィーと結ばれます。
もっといろいろな要素がはいるので見てない方は見たら面白いかと。
(時間軸がない話も描かれてたすごかった、あれはまさにバシャールの言っていることと同じ!すげー)

 

んー・・・。

何が言いたいかっていうと、このソフィーの呪いが解けていくさま、呪いを解いていくさまにとっても勇気をもらったということ。

私も初期ソフィーと同じように、自分の容姿に自信がありません。
顔や体、そのすべてについて、どう解釈し捉え、受け入れればいいのかまだまだトライ中です。

でも、そこにいつまでもしがみついていては何もできない。

美人ではないからパフォーマーになれない、とか。
前に立ってはいけない、とか。
メディアに出てはいけない、だとか。

そういうのは、もういらないんだなぁーって。

そして、外見へのそういった考え事と同じように内面にも思っているいろいろ。

依存心が強くひとりでいられないから、ひとりでいられるようにならなきゃ、とか。
忘れ物は多いしスマホは壊すし、もっとしっかりできるようにならなきゃ、とか。

内面の話は、この「ならなきゃ」のあとに、外見のと同じように「○○になれない」が続きます。
究極的にいえば「生きたいように生きられない」と続きます。


でも、そうじゃない。

こわくても、まだできなくても。
いじけていても、自信が持てなかったとしても。

自分の信じることをしっかりと胸に持って、前を見据えて。
こわがっている自分も抱きしめながら、前に進む。

そうしていくうちに、だんだん自信がついて自分のことを好きになって。
気づいたら「なりたかった自分」になれている。

それがソフィーの呪いが解けるまでの過程に見えました。

そして、この「呪いの解き方」は、私にも実践ができることだ、と直感的に思ったんです。


そして、実践しなきゃ、とも。


9月22日に開催する「癒されnight?」に出演してくださるザ・なっちょんさんの歌「じゆうにそらをとぼう」にこんな歌詞があります。


ザ・なっちょん「じゆうにそらをとぼう」LIVE映像2015.9.10 

両手ひろげて
風を感じて

こわいままでいい
はずかしいままでいい

やりたいこと
好きなこと

思い切り、遠慮せずに
間違いもない
正しいもない
空を飛ぶ
飛び続けよう

大丈夫、心配いらない
私がいる
みんながいる

たくさんの愛で包まれている

忘れないで

忘れないで

 

これをはじめて聴いたのは去年の心屋仁之助さんの沖縄講演会。

そこで私は「よし、ラートをやろう」と決意しました。背中を押されて。

もうひとつ決心したこともありました。

仁さんと一緒にお仕事ができるような自分になろう、と。

そして、これは8月末にかないます、たくさんのひとのおかげで。
(まだまだ「お仕事」といえるレベルではなくお手伝いだけど、でも、それでも去年の私には想像もできなかったこと。)

https://www.instagram.com/p/8qY5JzDcfo/


でね、なんでこんなことを思い出していたかというと。

今週の土日が私にとって最後の「全日本学生ラート競技選手権大会」になるんですね。
(通称インカレ)
そして開催地が名古屋なんです。

高校2年のときに東京から、自分の選択ではなく名古屋へ。
でも、その経験のおかげで「自分で選択する」ことの重要性をハッキリと知り、沖縄を選び沖縄へ。
体操部に入部することを選び、ラートを好きになり、ラートと一緒に生きることを選び今。

とうとう名古屋にね、戻ってきたわけです。
意味があるようにしか思えません。

そして、私の高校・大学生活を支えてくれた家族も観に来てくれます。
もしかしたら高校の友人たちも。

私は、目標をもって今回の大会にのぞんでいません。
毎日の練習がとても楽しくて、それで満足したからです。
おそらく、この大会でくやしさを感じ、全日本大会に対する気持ちをつくることになるんでしょう。

でも、「琉球大学体操部に入れたヨロコビ」と「ラートを続けさせてくれてありがとう」の気持ちを、演技をみて感じてほしい。
そんな気持ちでいます。

そういう演技ならできるような気がします。

いっぱい落ちちゃうかもしれないけど。


うん、ソフィーの話に戻すと。
私にも同じようにいっぱい呪いがあって。

そして、ラートに関するものでいうと、「良い成績がないとパフォーマーをやってみたいと言ってはだめ」というもの。
あと、もうひとつは、家族に。
ちゃんとできる自分でないと愛されない」ですね。

どっちも、その呪いの解き方を間違えてきたなぁと思います。
上のラートのことでいえば、ケガをしまくることでそこから逃げ。
(そのときそのときは決してわざと痛い思いをしているわけではないんですけれど、タイミングがどう考えても大会に真剣に向き合い始める時期いつもいつもだから)

家族のことで言えば、失敗をすることによって試すような真似を。
(これだってわざとではないんですよ…好きでスマホを半年で3台だめにしたりしてません…でもたぶんこれも…)


でね、これからはソフィーのように生きたいって思っています。

「できない」自分でもいいから実践する、トライする。

そして、もうどうしたって愛されることを受け入れる、です。変な言い方だけど。

どんなに自分の顔のこと好きになれなくたって、ラートのこと自信持てなくたって、やりたいなら、堂々と生きたいなら、まっすぐにそれを目指せばいい。
どうこうもがこうと、家族は最終的には応援してくれる、愛してくれる。
そしてその「家族」はもう血のつながりの段階を超えていて、私にはたくさんの家族がいる。


うーん、、、うまく書けてない気がする。


とにかく、現在地としてはやっと自分にかけられてる(かけた?)呪いがなんであるかをはっきり認識したくらいってとこ。


そして、明日、電車に4時間ものって名古屋のインカレ会場に向かいながら、たくさんドキドキしつつも、ラートに触れることが嬉しくて仕方がない自分を認めること。


いろんな選択肢をだして「生きたいように生きる」こわさから目を背けないこと。


まっすぐまっすぐ、少しでも「自分らしい」道を選ぼうと、そう思った日でした。


そんな今日のマヤ暦はこれだったから、もうびっくりだよね、すごい。

 

 

深夜の更新になっちゃった。
明日は早起きして溜めている連絡をお返しします、失礼なことしてごめんなさい!

読んでくださって本当に本当にありがとうございます!感謝!

 

あと私の大好きななかごめさんがこんなことを!ぜひ一緒に応援してください!

なかごめさんの素敵な言葉。

 

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すっごく楽しい夜でした!!運営の皆さん、ごめさんありがとうございます!!!!