「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「誰かの血に染まった服を着てほしくない。」という言葉の重さと、あなたの「消費」は誰かへの暴力になっていませんか?の話。(「ザ・トゥルー・コスト:ファストファッション 真の代償」を観て、の話。)


社会という言葉を聞いて思い浮かんでいたのは東京でした。
広く、高いビルが連なり、大勢の人がすれ違い、ひとりひとりの仕事に追われる場所。

それが変わったのは、明確にいつ、というわけではありませんが、最近のこと。

 

私にとっての社会は「今、生きている場所」です。
そこには知らないひとがいません。
大切な大切な私の居場所です。

 

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トポも。

 

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体操部も。

 

他の沖縄の友達たちも。東京も、愛知も。他の世界中に散らばってる友達たちも。

並べていったらきりがないのでやめますが、みんなが大好きです。

どの関係性も大切な居場所で私の社会です。

 


そして、それは誰かの苦痛によって成り立ってほしくない居場所です。

 

身の回りにいるひとに届けばいい、というおこがましい考えで今日の記事を書きます。

 

ファストファッションについて、です。
主に、昨日の夜に観たこの映画「ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償」の話になるはずです。


ちなみに、私が、あなたが、誰かの首を絞めたよ、絞めているよ、という内容の記事です。
上手に伝えらえるかわかりませんが、このどうしようもない気持ちを残しておきます。

 

 

ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~ [DVD]

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・ファストファッション
・「わたし」が殺したひとたち
・生き方=選択


ファストファッション


映画はドキュメンタリー形式で進んでいきます。

ファストファッションに疑問を投げかけ、問い詰めていくジャーナリストの2人
「ピープルツリー」のトップ
インドで工場を経営する経営者
もうひとりでてきた工場の経営者
バングラデシュの工場で裁縫をしている女性(ひとりの子供を育ててる)

印象にのこった登場人物は上に書いたひとたち、です。
もっと出てきたかもしれません。

「ファストファッション」企業は出演を断ったそう。
ちゃんと説明ができるなら出ればいいのに、と思いました、が、たしかに冷静な議論は期待できないと考えるだろうとも思いました。

 

 

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途中、動画で登場したH&Mの社員の女性が印象的でした。
「私たちは、バングラデシュの工場で雇われているひとたちが暮らせるだけの給料を出しています。」
こう説明するその女性に対して、質問者はより強い口調でいいます。
「それはいくらですか?」
「暮らせる、の判断基準は誰がしているのですか?」
女性は最後まで返答しませんでした。


暮らせるという判断基準がだれかの元にあるって、植民地状態と何ら変わらない。
「暮らす」という一言に詰められた想いは、この相手には伝わっていないだろうと見ていて思いました。


印象的だったシーンを書き出していくときりがない、ので。
まず、何が「ファストファッション」が抱える問題かについて。

 

ファストファッションfast fashion)とは

最新の流行を採り入れながら低価格に抑えた衣料品を、短いサイクルで世界的に大量生産・販売するファッション ブランドやその業態をさす 

wikipediaより引用。

 


その問題はひとつしかないように思いますが。

ひとりひとりの選択が、大勢のひとを殺してきた

ことです。

 

そしてそれは多少改善されているかもしれませんが、その構造は大きく変わることなく続いています。

思考のない選択が積み重なり、知らず知らずのうちに誰かを殺している。
それがファストファッションの大きな問題です。

 

そして、それはもうひとつの問題へと続きます。

それは、「満たされることのないひとびと」を作り出すこと。

消費主義、物質主義は、(それらはたいてい「広告」という形で私たちの前にあらわれます。)
「物」があれば幸せになれる、満たされるとうたいます。

でも、映画中で紹介されていた研究結果によれば、「買えば買うほど」「持てば持つほど」人々は「足りなく」なります。

 

この映画で言われていたことでいえば、「洋服を買えば買うほど」、他の生命維持に必要な、豊かな人生のために必要なものに払われるお金は減っていきます。
洋服の価格についてデフレが起きれば起きるほど、奨学金の補助や、医療費の補助は減っていくというのです。
ここはあんまり理解できなかった・・・。

 

感覚的にはわかります。
イライラしたときにコンビニで一気に多くのものを買って食べることでストレスを解消していた高校時代。
3000円弱の買い物をコンビニですることも多くありました(おばあちゃんたちごめんなさい)
買ったところで、食べたところで、そのときはスッキリするんですけど、すぐにまた悲しい気持ちになっていたことを思い出します。

買い物によって解消される何かは、私にとっては対症療法でしかなく、根本的な解決にはつながらない、ということ。

いややっぱり理解できてない気がする・・・。


少し話がずれてしまいました。
映画の話に。


映画のなかで、有名なコピーライターが書いた「消費主義」というタイトルの文章が紹介されていました。

 

「人々に多くの物を買わせるためには、「長く使える」ものを、「消耗品」へと変えることだ。」


頭のいいひとが良心なく社会を牛耳れる側にまわることはなんて恐ろしいこと、と思いかけましたが、そうではないですね。
一番恐ろしいのは、その牛耳りに歯向かうことなくひれ伏す多くの「自分」の存在です。

 

https://www.instagram.com/p/3tToiNDcRr/

こういうんじゃなく、もうひれ伏してることにも気づかないくらいに。

 

「わたし」が殺したひとたち


映画中にいくつかのニュースが紹介されていました。
そのなかで大きく揺さぶられた(ショックだった)ものがひとつあったので、それを。


バングラデシュのダッカでおきたラナ・プラザ崩落のニュース。
日本では2013年にダッカ近郊ビル崩落事故と報道されたニュースです。

その後を追って2015年に書かれた記事があったのでリンクしておきます。

 

www.hrw.org

 

 

そして、経営者による労働者への暴力は1年前のこのニュースにさえ記されています。

 

労働者たちは、工場内で肉体的・精神的虐待や強制時間外労働、有給出産休暇取得の拒否、予定された、または一括の賃金・ボーナスの不払い、トイレ休憩なしのプレッシャー、飲料に適さない汚れた水など、虐待的処遇や劣悪な労働条件にも日々直面している。縫製労働者の圧倒的多数が女性である一方、上司や監督者はほとんどが男性であるため、時に精神的虐待が性的な色合いを帯びることもある。

 

上記記事より引用。

 

1年前、私は大学3年です。
暴力を受けたことは一年間一度もなく、命の危機を感じたこともなく。

でも、重要なのはそんなことではありません。
「日本に生まれた幸運を」とかそんなこと言うつもりは全くありません。

本当の意味で重要なのは、私がファストファッションを購入していた事実です。
おそらく1年間で3万5000円程度の額をユニクロやH&Mでつかいました。
3年前のこの事件があったときも同じように。
もっとさかのぼっても、一年間で一度もファストファッションで消費活動をしなかった年はありません。


そして、そこで購入した洋服の生産元の多くはバングラデシュか、ベトナムです。


映画のなかでこのニュースについてジャーナリストからのコメントが紹介されました。
「彼ら(労働者)は、安価な洋服の対価を支払わされたのだ。」

と。


このニュースの映像はかなりショックな内容だったので、映画をみた空間では泣いてるひとも多くいました。
私も泣きました。

自分のこれまでの選択が悔しくて泣きました。
でも、泣く権利はない、と思い、泣くのをやめました。

1129人の犠牲者を出したのは、私です。
瓦礫のなかで何百人ものひとを生き埋めにさせたのも私です。


この事故が起きる直前、作業をする労働者からは壁のひび割れが指摘されていました。
経営者はそれを無視し、外にでる労働者を叱責し強制的に中に戻しました。
そして崩落。


日ごろから労働環境に関しての訴えが暴力的な方法ではねのけられていることも、上で紹介したニュースのなかにかかれています。

 

4人が私を抑えつけて棒で足を殴り、2人が鉄の棒で妻の頭や背中を殴っていました。妻は腕をひどく負傷して血を流し、指の骨も1本折れていて。頭を14針も縫ったんです。ミラを殴りながら彼らは、「組合活動をしたいだって?それじゃあ血のシャワー攻めだな」と言いました。— チッタゴンにある縫製工場の外で、自らと妻が襲われたときのことを詳述するミトゥ・ダッタさん

 

上記記事より引用。

 

そして、これに関して上層組織にあたる企業は何をしているか。

上の記事には、こうありました。

 

世界的なアパレル・小売業者の多くは行動規範を設けており、商品の製造元に団結権および団体交渉権を保障するよう求めており、工場の監督者たちはこれら行動規範を遵守していると主張する。しかしこうした対策にもかかわらず、大手バイヤーが直接・間接的に派遣した検査官は、人権侵害および違反行為に単純に気づかない、あるいは無視していることが多いと、工場労働者たちは証言する。

 

上記記事より引用。


このバイヤーを支持していたのは私です。
この企業に消費という名の投資をしていたのも私です。

 

https://www.instagram.com/p/BHgBeoUABjP/

みんなが似合うと言ってくれるこの黒いワンピースもファストファッション。

買ってしまったものは、もう大切にするほか成す術がありません。


生き方=選択

 

先月、洋服を買いに行きたいと、先輩の萌子さんをお出かけに誘いました。
快く応じてくれた萌子さん、いろいろと選択肢があるでしょうとライカムに連れて行ってくれました。

ライカムにはいってすぐ、右手にあらわれたOLD NAVYを見つけ、そこに入ろうとする私に萌子さんが言った言葉をよく覚えています。

「はるなには、ファストファッションを着てほしくない。」

そう言ってくれたあとに、この映画を観た話をしてくれました。


ゼミでナオミ・クラインによる消費主義について書かれた本(ブランドなんか、いらない)を読んでいたのもあり。
すんなり萌子さんの説明がはいってきました。


萌子さんのおすすめするお店にはいって買ったのがこの服でした。

 

https://www.instagram.com/p/BHxSSg_A03n/

 

ちなみに、肩をだすのは体操部にはいってからマッチョになったので、いやだいやだと試着室でごねた私に。
萌子さんとDesigualのお姉さんが、そのままのからだで素敵だよとたくさん言ってくれて。

勇気をだして購入しました。
50%OFFキャンペーンもしていたので6000円。


高い、とは思いませんでした。
ひとつひとつ大切に作られているように、お姉さんの話を聞いて思ったからです。


何より、自分がもう「加害者」ではない気がしたから。

 

ありがとうございます。

 


この映画を観たあとに、少し観たひとたちと話しをしました。

政治的な制度や、大企業への制裁も必要な話かもしれません。
でも結局、自分がどうするか、だと思うんです。

 

こうやってみると、わかりにくいけど。

 

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結局はこう。

 

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どんな顔しよう、と思って、怒ってる顔と悲しいの顔をしたかったけど。

表現力あまりなかった~~

 


私が生きている「社会」は、小さな小さなコミュニティ。
みんなが愛おしく、大切な存在で、同じように自分のこともみんなが大切にしてくれています。


その社会が、だれかの犠牲によって成り立つものであってほしくない、そう思うから。

だから「何を買うのか」に対して、より注意深くなろう、と改めて決心をしたのが昨日の夜でした。

 

もう誰かを殺したくない、と思うから。


そして、せめて自分の周りだけは、そうであってほしいとも思っています。

それが広がっていけば、結果として企業は改めないといけなくなるし。
遠い道のりだな、とは思うし、何も解決になってないと憤る自分もいるけど。


読んでくださってありがとうございます。

もう少し豊かにならないと変われない、という話ではありません。
いつだって「変わる」ことが先にあります。
変わった先に豊かがついてくると、わたしは信じています。


きれいごとだ、と思う自分もいます。
他のこんなことや、あんなことには目をつぶっているのに?と指摘する自分も。

でも、とりあえず、脱ファストファッションをする、それができた、それだけで、今はいいよ、と自分に思います。
年齢に比例して、きっともっと自由に豊かに、自分と周りのひとを愛せると思うから。


しっかり積み重ねていけたらいいな、年齢を。

 

読んでくださってありがとうございます。
世の中はいいほうに動かないかもしれないけれど、自分の周りはどんどん良いほうに動いているのを感じています。
ということは、結局世の中なんてないのかもしれないと思い始めた毎日です。

社会も、政府も、あんまりないのかも、と思います。
そして、広がっていくコミュニティがいつしか社会になり政府になるのかも、という。

うまくいえない感覚です。
とりあえずみんな幸せだ、の何かになれたらいいな~。


幸あれ!

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