「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

よかったら、あなたの「性」のこと一緒に考えませんか、の話。(私のために)


「性別なんて、ただの身体的特徴の差にすぎないよ」
という言葉を知ったのは、大学3年のとき、所属していたゼミで読んだジュディス・バトラーの文献に出てきた言葉。(たぶん)

(これです、ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱

 

その言葉を知ったとき、私のなかにたくさんあった「はてな」はたしかに消え、ひとつの疑問に変わったのをよく覚えています。

 

では、「女のひと」としてどう生きるか。


その疑問が頭に浮かんだあの日が、私が自分の性別を認識、定義したその日だったのだろう、と思います。
ごく自然に「女のひと」を選択していた私です。

 

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(自由~~後輩はマッチョなので大丈夫です。)


そして、そんな自分がずっとずっと考えていてもよくわからない、もう考えるのをやめようか、と思ったときに。
友達のまりんちゃんが言ってくれた「じゃあみんなで考えてみれば!」の一言から始まったイベントが、いよいよ今週の土曜日に開催。
とても嬉しい気持ちでいっぱいです。


8月13日土曜日 トポセシアの会議室で、ただただ考え、話をするイベント。

保健体育まるいち「女のひと、として生きるとは!」


ドキドキしています。
ちなみに参加費500円とるので、これはもう試みです。
みんなで話して考える、という形のあるものを持ち帰れるわけではないイベントに500円を支払ってくれるお客様がどれくらいいるんでしょう。

「形」のないものを提供するイベントの運営って、私にとって初めての試みなので、とっても楽しみです。


イベント前に、少し、自分の「女のひと」への考えをまとめておきたいと思います。

ひとによっては読んで嫌になるひともいるかも、という内容です。


(さっきたくさん書いたのにパソコンがフリーズして消えちゃったので、シンプルに。)
(バシャールもシンプルがいいよって言ってたし。)
(強がり。)

 

相棒はまりんちゃん!

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まりんちゃん、どうもありがとう。
ついつい何でも話してしまうし、それを一度も否定されたことがないそんな包容力の持ち主です。
沖縄でできた素敵な友達のひとり。

(余談ですが、まりんちゃんの所属する株式会社がちゆんの瞬さんが「異性愛って言葉をはやらせようぜ」ということを言っていたというエピソードを今日知りました、最高だと思います。私は同じように「え、モノガノミーなんですか!」と言いたい。)


・「女」「女性」「女のひと」
・恋愛と結婚と出産
・気持ちを形に


「女」「女性」「女のひと」


なぜ「女のひと」とあらわすのか、というのは自分のなかでは整理がついています。

「女」という言い方は何だか乱暴に感じるし、「女」と呼ぶ主体は「男」である感じがするからです。
二分されているものというのは気持悪い、真ん中のグレーゾーンが欲しくなります。
そして、日本語において多くのネガティブな要素を持つ言葉に「女」が付き、多くのポジティブな要素に「男」がつくのもその理由のひとつ。

「女」という言葉自体に対してあまり良いイメージを連想できません。


次に、なぜ「女性」と表さないのか、について。
これまた単純明快、「女性」というのは身体的性差を表す用語でしかない、と思うからです。
「女性」であるとされる臓器、乳房や子宮を持っているということはこの言葉で表せても、すべての意味を内包することはできないと感じます。
それに、何かその臓器が失われたとき、自分の「女性性」について疑問を持つことが思い浮かぶことも大きな理由。

だから、「女性」という言葉は、適切な性自認の道具にならない、と考えています。


そんななかスムーズにするっと出てきた言葉が「女のひと」。
そして、それはまだ何者でもない状態、です。

うまくいえませんが、これから10年のうちに出産をしよう、と決意している自分を指しています。
現在の技術では男性には妊娠、出産ができません。
その臓器を、仕組みを持っている自分、そして、それを活用しようと決めた自分を指して「女のひと」という言葉をつかっています。

 

(これから先、何かがあって子宮の機能がはたらかなくなる可能性なんていっぱいあるし、それこそ家系としては子宮系の病気の発症は、ほぼほぼ確実だろうというのも含めたうえで)
(そうなったらそのとき、また別の定義を自分で見つけて、そう生きよう、という気持ちでいます。)

(そして、現段階で「子どもを産めない」身体のひとを傷つけようと思って書いているわけではありません、あくまで超個人的にどのように性自認をしているかについてを記事にしたいという気持ちで書いています。)

 

https://www.instagram.com/p/BIHs_crAeKz/

ちなみに、自分の身体のやわらかさもかたさも好きだ、と思ったのはわりと最近。

それまでずっときらいでした。

 

恋愛と結婚と出産


私は、恋愛→結婚→出産、という人生ゲームみたいな考え方が大っ嫌いです。
(これが32記事目ですが、わりと登場頻度の高い「大嫌い」という言葉、実はポジティブです。嫌いなものを削ぎ落としていった結果、私は好きなように生きられるようになるから、です。)

でも、「女のひと」として生きることを選ぶうえで、この三つの要素はかなり重要になってきます。
パートナーとどう出会い、産むのか産まないのか、誰と育てるのか、という意味で。


好きになってきた対象も、女性・男性どちらもあります。
そのどちらでもないひとを好きになったことはまだありません、出会っていないからわかりません。したがって、性的指向についてあえて言及すれば、バイセクシュアルということになります。
だからどうってことは全く意味がない話だけど。

だって、女性だからそのひとを好きになったわけでも、男性だからそのひとを好きになるわけでもない、そのひとだから好きなんですもん。

 

結婚という制度も嫌いです。
そもそも戸籍も嫌いです。(振り回されたから)(ひとりひとつ与えてくれればいいのに)
便宜上するかもしれませんが、「結婚したい!」というような気持ちですることは100ないです。きっぱりさっぱり。

出産もするつもりがありませんでした。
子どもを育てられる気が全くしなかったから。
こんな未熟な状態で母になったところで、その子を傷つけてしまう予想しかできなかったから、です。

 

https://www.instagram.com/p/5XTdfFDcbU/

(髪も今長くしているのは「女のひと」実験のひとつ。ずっと短めなので。)


さて、そんな気持ちで20年くらい生きたあと、本当にふっと突然「子どもを生みたい」という気持ちになりました。
なんでそのような気持ちが芽生えたのか、きっかけが思い出せないので、身体的にそう組み込まれていたんじゃないのか、と解釈しています。
それを気持ちで蓋をしていた、でも様々な経験(周りの人のおかげ)によって、その蓋がとれ、、、という感じ。
(特に、体操部で卒業生のご夫婦がお子さんをよく部活に連れてきてくださったのが大きいのでは、と考察中。)
(もしかしたら、自分にもあんな素敵な場所をつくれるかもしれない、という)
(そして、それによって完璧に過去の経験から解放されるかもしれないね、っていう自己中な発想。)


よし、子どもを産もう、と決意したあとに、まずは月経周期が不定期なのを治さないとなぁと思いました。
2ヵ月来たり、1ヵ月来なかったり、2週間続いたり、とかなり不規則だったので。

ラートを始めてからはかなり周期が整ってきたのですが、それでも期間が長かったり、特に月経前症候群(PMS)がひどくて、それが辛かったです。
ということで、そこから改善しよう!体づくり体づくり!、と励むなかで、さまざまな知識を得ました。

主にこの本を読んでひょ~~~となりました。はるちゃんリスペクトしています。

 

子宮委員長はるの子宮委員会

子宮委員長はるの子宮委員会

 

 

経血コントロールを始めたり、布ナプキンを使い始めたり、いろいろ試すうちに、PMSはかなり軽くなり、周期もしっかり整いました。

布ナプキン 本当によい、オーガニックのがいい、洗剤とかもセットで買えたりするところもある!いい感じ。)


よかったね~~~。
もう少しオーガニックなものを取れるようになると、生理痛も、PMSも、あと少し楽になれるんじゃないか、と予想しています。
この辺の話をがっつり同じように考えているひとたちと話してみたい!と思ったのもイベント企画の発端でした、いま思えば。


そして、こないだフェイスブックで偶然流れてきた記事で、シャンプーなどの石油系製品による経皮毒で羊水のにおいがひどいものになる、汚れるというのを読みました。
本当かどうかはわからないんだけど、ありそうだなぁ~と思いながら読みました。
自然じゃないもの、というのは何かしらの不調和を生み出しがちだから。

そんなこんなで「出産」に付随する考え事の多さにかなりげんなりしているところです。

あと、渡嘉敷島で小5と密着生活したときに、こりゃ一人で子育ては無理や、とよくわかりました。
(そういう点で母はさぞ大変だったろうなぁと、思います。不思議と素直に。このへんについてはいつかブログに・・?)


ということで、「出産のための体づくり」「出産」「パートナーシップ」「家族」みたいなところについて、もっといろんなインプットしてみたい!という気持ちなんです。
それも難しい、情報量の多い学術的なインプットではなく、もっとリアルな体験者の声みたいなものを。
そしてあわせて、同じように考えたり、悩んだりするひとの話を聞きたい、と思って。

そんな気持ちでこのイベントはスタートしました。(ほぼほぼ、まりんちゃんの「いいね!やってみようよ!」のおかげです、ありがとう。)


みんなはどう考えているの?
こういうの全部まるっと肯定できる瞬間ってくるの?
相変わらず、はてなマークは増える一方です。

土曜日にそれが少しでも「!」に変わっていくといいなぁ。

 

気持ちを形に


「イベント」という概念が身体のなかに入ってきたのはトポセシアで働き出してからでした。
自分の「やってみたい!」を形にできる場所です。

今回利用するのは10名程度が快適に利用できる会議室。
1時間1050円で、事前予約&会員さんであれば気軽にご利用いただけます。
プロジェクターもあるし、スピーカーもあるよ。

(会員登録費は最初に200円!)


他にもソファー席のほうを貸し切ったり、テーブル&椅子のほうを貸し切ったりもできます。
フリードリンクもつけられるし。


「やってみたい」をひとつひとつ形にしていった先に、したいと思っている「ナリワイ的」な生き方が待っている予感がします。

ナリワイをつくる:人生を盗まれない働き方

 

今回のイベントも実はシリーズもの。
「保健体育」とちょっと茶化したタイトルが最初についています。

第一回では「身体」のこと。
月経の話や、コンプレックスの話、お化粧の話なんかをみんなでひたすらゆんたくする会です。

第二回は「気持ち」の話。
心地の良いパートナーシップってどんなだろ、とかを模索して、「当たり前」をひとつひとつ壊してくイベントにしたいと思っています。

ラストの第三回は「人生」について。
実際に出産や子育てを経験されている方に、「出産」というものがどのようにご自身の人生に影響を与えたかについて聞ける機会になったらいいな~って。


本当に動き出しちゃったよ~~とドキドキしています。

イベント、まだ参加者募集中です。
今のところ7名!あと3席あいています。
お気軽にご参加ください、お待ちしております。
500円の価値、あるかないかはわからないけれど、「価値」が何かもわからないけど。

おいしい紅茶がだせるといいな~と考え中です。

保健体育まるいち「女のひと、として生きるとは!」(お申込みはこちらから)

 


ということで!
読んでくださってありがとうございました。
かなり赤裸々だったので、書いててちょっと気まずかった~~。


これを読んでくださった方の性別、ジェンダーについての考えも聞けたらいいなぁ~とぼんやり思いながら、今回の記事はおしまい!

ありがとうございましたーーーー!

 

 

これ読んでなかったら書かなかったかも。公開ボタンおすのドキドキするのはポリアモリーと好きの話ぶり。

 

最初に更新したときは、「イクメン」という言葉などと、という怒ってることも書いてたんだけど、書いているうちに、まっいっか、となってしまった。
(変なの~というのは、なぜ「育児」を男性がすることが特別視されるのか、という意味で。)
どうにも最近感情が流れるのが早い、瞑想効果かな。
あ、同じようにリケジョとか、そういう言葉も嫌い。

嫌いなものも好きなものもいっぱいです。はっきりしているところもぼやぼやしたところも全部自分。まるつけまる!

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