「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

どうして仕事に「お」をつけて呼びたくなるのか、の話。

 

お仕事の締め切りをまた一つ守れました、嬉しいなぁ~。

(前の前のお仕事は10分くらい遅れてしまったし、その前は1時間遅れてしまったし…。)

昨日の分を入れると2日連続で締め切りよりも早くデータを送れたのでるんるんです。
明日の分もしっかり守って、今回のお仕事を締めくくろう。

こうやってできることが増えてくのはいいなぁ。


・お仕事の「お」はどこから
・自己肯定感の上げ方を探してみる
・お仕事の「お」はどこへ

 

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(2日やや寝不足でございます。)

 

お仕事の「お」はどこから


仕事、ではなく「お仕事」と、つい「お」をつけてしまうのはなぜでしょう。

それには2つの要因があるだろう、と分析しています。

一つ目は、ややネガティブ。
それは、自己肯定感の低さから。


上に書いたみたいに、締め切りを当たり前に守れなかったのに、また依頼をくださったこと。
最初からやりきってクオリティー高いものを提出できないこと。
(これはまた別のお仕事の話。)

そういうときに「お」をつけたくなります。

こんな自分に仕事をくださるなんて、という感じ。


自己肯定感の低さって、謙虚さとは全く違う、卑屈に近いもの。
自分なんて、自分なんかが、自分よりもっと上手にできるひとがいるのに、みたいな。

謙虚はもっと慎ましやかなイメージ。
いえいえ、それほどでも、微笑、みたいな。


でも、「お仕事」の「お」には、少しウキウキもします。

それが二つ目の理由。
ただの仕事ではない、タスクではない、todoのひとつではないもの。
特別なもの、毎日を楽しくしてくれるもの。
そんな仕事を、モノクロなにおいのする仕事という言葉で表したくないから、少し色がついている気がする「お仕事」と呼んでいるんだと思います。

 

https://www.instagram.com/p/BHdjPMDAU7Y/

(どっちも本当の気持ち!片方だけではない。)

 

 

大学に入ってから最初に選んだアルバイトはコンビニでした。
半年くらい勤めました。

案の定、仕事の内容を覚えるのは遅いし、もたもたしてしまうし、失敗も多かったんですけれど(特に遅刻)
仕事のことを覚えて、お客さんを覚えるまでは楽しかった。
レジの中にいるだけで、なんとなく非日常で。

でも、その非日常期間が終わってしまったあと、とっても退屈してしまいました。
お客さんに顔を覚えてもらえ始めたのもなんだか面倒になり。
(これはどういう心理かよくわからない。)


そう、それで、これはもう「仕事」なんです。


次に選んだのは、派遣のバイト。
携帯会社のキャンペーンの立ってるひとでした。
これはコスプレみたいで割と楽しくやっていました。


これも最初はすごく非日常、携帯会社がどんなふうにお金を儲けているかわかるのも面白くて。
件数とか、工数とか、そういうのを覚えたのもこのバイトのおかげでした。


これも、だんだん行くのが辛くなって半年くらいでやめちゃいましたね。

なんでかな~って考えると、決められていること以上をやると怒られるし、いつもニコニコしてないといけないのがしんどかった。
人間だから立ちっぱなしだったら疲れるし、不親切なお客さんに出会うとイライラするし。
でもニコニコしてないといけないし。
向いてないんだなぁ~と思って、ひっそりやめました。
(時給はよかった、沖縄だと1000円もらえるバイトって珍しい。)

これも「仕事」でしたね。


どの場所でも、働いている場所の大人の方にはとても良くしてもらったので、人間関係的にはふつうに楽しかったけど!
(どっちの写真もあげたいけど、だめラインな気がする。)

 

https://www.instagram.com/p/4t-YxzjcdK/

(トポセシアで初めて遅刻した日はイベントだったな土下座!)

 

その次が今も働いているtopothesia(トポセシア)。
琉球大学の北口にあるコワーキングスペース
時間制で料金が発生して、フリードリンクフリーWi-Fi
ソファーはふかふか店内は明るすぎず。
コピー機もあるし、いいよね~。

じゃなくて、去年の7月の最初から働き始めたので、もう一年です。
これに書いた!

 

pidakaparuna.hatenablog.com

 


そう、それで、トポの仕事はまだ「お仕事」です。

まだ、というのは誠実な言い方ではないかもしれないなぁ。
先輩スタッフが続々卒業して、同じ企画チームだったスタッフの子が卒業して。
その前後から、だんだん「お」が付きました。

超苦手なチーム制度、ひとりでするのとは違う悩み事だらけ。
言葉選び、モチベーションの整理、目的と目標の違いの認識、とか。
初めて知る理論の連続、という感じ。

ひとつひとつのイベントまでの実施がわりと必死。
(容量すくなく要領わるいのもあるね!)

 

https://www.instagram.com/p/5r136YjcXP/

(イベントに使うために集めたガラス。思い出がいっぱい!)

 

でも、「はるな」とか「はるなちゃん」とか「はるなさん」とか「ひだかはるな」とか「はるりん」とか。
お店にいるときに名前を呼ばれるたびに本当に本当に嬉しくて、しっぽがついてたらぶんぶんだよなこれ、と思います。

 

今、ここで出来ることがある、というのがとても嬉しいんです。
そのヨロコビに「お」をつけて表してる。

昨日書いたこの記事もイベントの記録。

 

pidakaparuna.hatenablog.com

 

 

昨日はもう一本イベントあった!コラージュセラピーね。
楽しかった~~!


コラージュの服!笑

 

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そう、「お」がついている仕事は楽しいです。
ワクワクするし、ドキドキもするし、新鮮で、非日常。
飽きていません。

「お」がとれている仕事は退屈です。
私である必要がないし、いつ辞めても代わりがいれば影響がないから。

 

非日常みたいな日常がいい。
退屈するのも、飽きるのも、とても切なく苦手です。
(なのに飽きっぽいから困ってしまう、ブログは楽しくなってきたところでうれしい)

そう、だからまとめると、

失敗ばかりのダメダメな自分にお仕事ありがとうございます!の「お」
大変だけどウキウキしていてヨロコビいっぱいでありがとうございます!の「お」
です。
ありがとう!!!!

 

 

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自己肯定感の上げ方を探してみる


というわけでついでにこれ。

本当に本当に自己肯定感っていうのは難しい。
小さいころにちゃ~んと愛されて、ちゃ~んと居場所を感じられるといいんですよ。
でも、そういうわけにもいかないひとのほうが世の中多い。
だってお母さんもお父さんも完璧じゃないもんね。


そう、それで、いつもどこか空っぽで満たされていなくてっていう。
ここにいていいのかな?とか
こんな自分じゃ愛されないよな、、、とか
そういう暗い気持ちの根元にあるのが、自己肯定感の水が入ってるはずの壺、のイメージ。


この壺にしっかり水がはいって重さがあると、フワフワせずに、苦しくならずに生きられる。


でも最近わかったことだけど、この壺、生まれてから死ぬまで入ってる水の量変わらないし、いつもずっと重たい。

それを、目隠ししてこわがって触らないで、「やだー水はいってないーやだー」と言ってるのが自己肯定感の欠乏を感じてる状態。


もうごちゃごちゃすぎてわかりづらいかな。

 

本当はそのままで十分愛されるし、大切にされるし、そこにいていい人間。
というのは生まれた時点でもう決まってるんだーという話。


だから幸せになるために(幸せということを再認識するために)生まれてきたって言われるんだはずね!


でもまあそんなこと言ったって、見えないものは見えないし感じられないものは感じられない。

そんな私に周りにいてくれた皆さんがしてくれたのはたくさんの言葉のプレゼント!


すごいね、えらいね、がんばったね。
そこにいるだけでいいよ、愛してるよ~、大事だよー。

もうたくさんの言葉のプレゼント!

最近は無条件に言ってもらう、というシチュエーションがほぼほぼないので、聞いています。

「私のいいところを3つ教えてください!」、と。


みんなびっくりするけど教えてくれます。
今のところは、明るいところ、笑顔、よく考えてるところ、の3つが人気。
まだ1票しか入ってないののなかには、マッチョとか、足ながいとか、はっはっはっ。


いや、自分でも聞きながら「あーあー聞いちゃった。」って思うんだけど。
でも聞いて、教えてくれた言葉をひとつひとつ手帳にしたためます。

そうすると元気になります。
細胞も嬉しがる。

 

https://www.instagram.com/p/88BcHFDcV5/

(ライカムオープンのCMに出られて全細胞が喜んでる写真)


あと、今回のブログの最初に書いたみたいなことも大切なんだと思います。

他のひとにとっては、家族にとっては、「当たり前」とされること。
朝起きて、ごはんをつくったり、食べたり、夜眠ったり。
外にでたり、ゴミ出ししたり。
なんかもうそいう当たり前のこと。

別に当たり前にできないひとがいたっていいっていうこと!

私はほとんどのことが当たり前にできません、もう笑っちゃうくらいに。
失言マスターだし、携帯は海で水没させるし(今年に入って3台目!大学生活合計したらもう7台はだめにしています)
自慢していいことじゃないのもわかってるんだけど。


今の自分にも「まる」なんだけど、でも、それでも、いろいろできるようになりたい。

もっと良く生きたい。

まわりのひとの役に立ちたい。


その気持ちをしっかり自分で感じ切ったときに、選んだのが「認めて、ほめる」ことでした。

もう21歳だから、そんな「当たり前」ができたって誰も何も言わない。
だってできるのが当たり前だし、できないのは迷惑。

でも、別に自分まで一緒にそう責めなくてもいいのかな~と思い。
(そして自分で自分を責めなくなると、ひとにも責められない不思議!)


そう、だから、私は今日締め切りを守れて本当に本当にうれしい!ハッピーです!

 

https://www.instagram.com/p/BGtiT5hjcWN/

ぜんぶまる。


お仕事の「お」はどこへ


というわけで、いろいろ書きました。
長かったかな?


これからもずっと「お」のつく仕事を選んで生きていきたい、と思っています。

それは、生きたいように生きることにつながるから。


そして、そんな風にワクワクするお仕事がたくさん世の中に溢れれば、そんな世界は平和だなと思うからです。
びば平和!

 

、とそんなわけで、来月8月13日土曜日の14時~トポセシアにて「女のひと」を考えるイベントをすることにしました。


生まれ持った体の構造によって決まる性別、ではなく、自分がどんな風に生きていきたいのか、が大切。
そのなかで「女のひと」として生きることを選ぶとしたら、という考え事に答えがほしくて、友達とやることにしたイベントです。
性別問わず、ご参加いただけます。
(性別って言い方ももう古いけど)
ゴールがある考え事ではないけれど、いろんな化学反応のもと、いつもの終着点とは違う答えがだせたらいいな、と思います。

こんな感じ。

参加費は500円です。あと7名!申し込みはこちら

やってみたい、と思ったらやってみないと、ね。

好きな人を好きなように愛して、周りにいるひとみんな愛して、ゆるゆると生きていけたら、それが私の幸せだなぁ。

 

と、長くなりました!

読んでくださってありがとうございます。

7月21日からまた更新し始めたこのブログ、今月のアクセス数が1000を超えて、とってもハッピーな気持ちです。
「1000記事書いたら奇跡が起きるよ。」の言葉を信じて、1000記事書いてみるまで続けます。
まだ読んでくださっている方(あなた)のなんの役に立てるかわからないけど、そこらへんも模索していけたらいいな。

お役に立ちたい!


ではでは、よい日曜日の昼下がりを~~~~。
愛をこめて!

 

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