「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

昨日、2m10cmのラートからJUMPして落ちて痛かった話。(まだ痛い)

 

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この写真の愉快さ!

 

からは想像できない、足の痛さ!

 

もう笑っちゃえますが、昨日の練習でラートから「ぼとっ」と落ちました。

病院で測ってもらったら血圧がすごく低くて、やっぱりテンションあがってないときは身体もだめだなんだね~と当たり前のことを感じていました。

 

結果は、ちょっと痛い打撲くらい。

大事にならなくてよかった~~、のと、素早い処置をしてくれた体操部に感謝ばかりです。

 

ラートには三種目あります。

直転、斜転、跳躍、の三種目。

 

私が落ちたのは「跳躍」

迷いましたが、もう動画を載せてしまいましょう。

すごく痛そうだから、あんまり得意じゃないひとは見ないほうがいいです。

 

😵😵😵痛いから、いたいの苦手な人はみちゃだめ!

  

 

ひぃ~~~~となります。

痛いのとびっくりしたのと、もう死んだかと思って大泣きしました。

(基本的に大げさにしちゃうんだな、と後から振り返って恥ずかしくなりました。)

 

もういっぱいいっぱい泣きながら、思い浮かんだのは、おばあちゃんの一言でした。

(「ラート」を進路のなかに入れたいと、ラートのない人生は嫌、という趣旨の話をその日の家族会議でしたあとの夜の話。)

 

あなたに「ラート」を選んでほしくない、と言うのは、やりたいことを我慢しなさいと聞こえるのもわかってる。でも、ほかの人よりも群を抜いて上手な訳でもない。大学生から運動を始めたから仕方ないけど、ケガも多い。

そして、女のひとだから年齢を考えるとできなくなるタイミングがくるのも明らか。

どうして沢山ある選択肢からラートを選ぶのかわからない。

他にもできることあるし、他の部分で生かしたほうがいい能力も持っているでしょう?

もし、このあとラートを続けていったときに、例えば下半身が動かなくなるような大怪我をしたとき、ああラートなんてしなきゃよかったと思うんじゃない?

ラート以外のことをしてこなかった自分にはもう何もない、と生きているのが嫌になってしまうんじゃないの?

何より、そんな危ないことをやっているのを、はい、いいですね、とは、おばあちゃんは言えないよ。

 

書いてみると、ひとことっていう次元ではありませんね。

こんなことを今年のお正月に夜中、おじいちゃんや姉が眠ったあとに、一言一言選びながら伝えてくれました。

 

その前の家族会議のときに、やれ本気さが足りない、説得材料がない、やめとけやめとけと言われ、すごく悔しくて言語化も追いつかなくて泣いちゃって、もう本当に悔しくて。

 

そのあとだったから、ひとつひとつ、私を傷つけないように選んでくれた言葉がすーっと身体に染み込んで優しい気持ちになったのをよく覚えています。

 

いろんな事情が重なって、私の面倒を高校2年生から見てくれたおじいちゃんとおばあちゃんとお姉ちゃん。

血のつながりというのがある、だけで助けてくれた三人のことを、とても好きです。

 

https://www.instagram.com/p/xQ7ifTDcSk/

 

(いとこのひでかずが卵に家族みんなの似顔絵をかいた笑)

 

そう、それで、ラートから落ちて、びっくりして泣いてしまって、でもなんだか痛いのが身体だけじゃなくて、どんどん悲しい気持ちが身体の奥からでてきて、どんどん大きい声で泣いてしまって。

 

それを「こりゃ、あとで恥ずかしいやつだなぁ~」、と冷静に見ている自分もいつつ。

 

車で病院に運んでもらっている間、頭の中には、おばあちゃんから言われた言葉と。

自分の気持ち、それもすごく変な、というか、う~ん。

今まで見ないようにしていた気持ちが大泣きと一緒に出てきてました。

 

もうやだ、ラートしたくない、ラートなんか嫌いだ、ラートが上手にできない自分なんか嫌いだー、上手にできない自分なんか嫌いだ、ばかばかー

 

って感じ。

 

書いてて笑っちゃうけど。

でも、本当にそう、こんな気持ちでいました。

 

気持ちの波が激しすぎて、足痛すぎて、思考のスイッチを入れられず。

ああもうどうにでもなれ、と思って。

気持ちをひとつひとつ、「そうだね~そうだね~」と受け流し。

 

受け流してるうちに、あっ、ってなりました。あっ。って。

 

私はラートが好きなんだなぁと

でも、同じくらい嫌いなんだなぁと。

 

そして、自分なんかにはラートと一緒に生きていくのは無理、と思ってること。

 

この「自分なんか」は曲者だなぁーと思います。

くせもの。

 

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そう、それで、別にこの気持ちが解決されるわけでもなく、夜はトポセシアの出勤でした。

 

そこで、Movement2016の運営をしている男の子と話しているときに、フワッと楽になれました。

学生プレゼン部門ignitionのチームの子。

「俺、何か軸があるわけではなく、やりたい・やりたくないで全部選んでるんすよ。」

と話しをしてくれて。

それはいいなぁ~と聞いていて。

 

で、そのあとに、なぜignitionに出てよかったと思っているか、という話になって。

くわし~~~い流れはこの記事に書いたんですけれど。

 

 

pidakaparuna.hatenablog.com

 

 

 

気持ちの話で、新発見があって。

 

Movementに出る前は、ステージに立つ前は、私には到底ラートのパフォーマーなんて務まらないだろう、と思っていました。

でも、あの日ステージに立ったときに、お客さんの歓声に、もう本当にヨロコビを感じて。

 

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(この写真本当に大好き!)

 

そう、だから、なんていうんだろう。

私はたぶん、このまま進んでいくんだと。

そしていろんな経験をしながら、やっと自分を肯定するんだと。

 

そんな風に未来にいる自分に思いを馳せました。

 

みんなをつい笑顔にしちゃうラートが大好きで、

とことん向き合えば向き合うほど技が磨かれていくラートが大好き。

 

言われたことがすぐ理解できなかったり練習できない自分が嫌いで、

やればやるほど自分より上手なひととの差を感じていやんになる自分が大っ嫌い。

 

「ラート」という一言には、いっぱいの自分への気持ちが詰まっていて

だから、大好きで、大嫌い、なんだと思います。

 

それでいい、と、いまは思います。

 

全部大好きになれたら気持ち悪いことになる。

昨日感じたバランスと、今日のそれは、きっと似ていて。

 

だから、これでいい、これがいい、これでよかった、こうやって生きていきたい、と思います。

 

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次に、ラートと舞台に立てるのは9月末の琉大祭かな。

それまでは8月末のインカレに全力を。

一週間もすれば痛まなくなるこの足のケガをしばらく労わりながら。

 

立ち止まらせてくれてありがとう、と神様に。

足を怪我して、大泣きをして、好きも嫌いもあるのも理解したら。

まるっと自分を、ラートを、またまた愛しちゃう結果に。

いぇ~い。

 

不思議だなぁ~~。

今日も今日とてぐるぐると。

(あ、ちがう、今日は後輩の補助だけ、安静第一!)

 

 

そう、あさっての金曜日。

トポセシアで22時~、「夢」をふらふら語り合う飲み会イベントがあります。

BARトポセシアです。2000円で飲み放題。

花金にどうでしょ?

BARトポセシア Vol.3 〜Dream Night〜

 

https://www.instagram.com/p/uTEh4AjcV8/

 

 

Movementのおかげで私もひとつ選択基準をもらって

「やったのと、やらなかったの、二つあるとしたらどちらの人生がいいか?」

という質問です。

 

そして、私はやっぱり、ラートのパフォーマーをやる人生を経験したいなーって。

言ってるばかりではあれです。

柔軟・筋トレ・練習・お仕事に励みます。

 

チャンスをたくさんありがとう。

励ましをありがとう。

Movementに感謝しています。

 

もうすぐignition応募開始なのかな?

「欲しいものがある!」くらいのノリで飛び込んで、

それで選考が進むのと比例して、自分のなかにある「やりたい!ワクワク!超たのしい!まじセラビ!」という感じに気付けるignition。

最高だよなぁ~。

 

まさに、「点火」されたなぁーって思います。

小さい火だけど、まだしっかり燃えています。

 

読んでくださってありがとうございます!

いい水曜日になりますように!

 

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