「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「SAPEUR」に会いました、の話。

昨日は日曜日、午後から、

茶野邦雄写真展「THE SAPEUR」コンゴで出会った世界一おしゃれなジェントルマン

へ行ってきました。

 

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先輩の萌子さんに誘われて。

(萌子さんはnugeという団体をやっています、セクシュアルマイノリティーについて自然にお喋りできる素敵な場です。もしよろしければ詳細ページにどうぞ。)

 

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コンゴ、灼熱の国から南の島へのメッセージ

エレガントに、他人を尊敬し、非暴力を貫くことを定義とし、
アフリカ大陸コンゴで90年以上継承されている平和の使い”サプール”を、
その文化に深い感銘を受けた 沖縄在住の写真家 茶野 邦雄氏が撮影。
世界中で話題沸騰の華やかなジェントルマンの写真展、
2016年 夏、沖縄初上陸! サプールと共に、私たちも世界の平和を願います。

 

茶野邦雄写真展「THE SAPEUR」コンゴで出会った世界一おしゃれなジェントルマン より。

 

恥ずかしいんですけれども、行くまで「SAPEUR」が何かを知りませんでした。
なんとなく知識としてはありました。
でも、そんなのは「体験」の前には全く何の意味もありませんでした。
そんな気持ちに昨日なりました。
 
SAPEURについての知識も加えたうえでブログにしよう!って意気込んでたけれど、なんだか筆がすすまず(キーボードが打てず)。
だから、感じた気持ちの話をそのまま書いていこうと思います。

 

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感じたことは大きく分けると2種類ありました。
感動、といってもいいかもしれません。
ひとつめは、「場」への感動。
 
遠くの国、コンゴへSAPEURのひとたちに会いに行き、撮影をし、そして人間関係を作って帰ってきた写真家の茶野さん。
この企画にきっと様々な考えのもと賛成し、全力で企画を実施された運営の方。
そして、遠くからはるばる沖縄にいらした「SAPEUR」のみなさん。
 
たくさんのひとの想いや、情熱、悲しみ、喜び、生きてきた時間、そんなものがぎゅっと詰まった展示に、本当に本当に感動しました。
 
 

(それにたくさんのSAPEURに会えてハグされて名前を聞かれてって楽しかった!)

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感動、というと言葉が軽いような気がします。
う~ん。

なんだろう、心を揺さぶられる、衝動的に泣きたくなる、そんな場でした。
ひとつひとつの言葉が、私には刺さりました。

いつかこんな場をつくりたいなぁって思いました。
きっとやることになる、そんな気がします。

 

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(この言葉が一番すきだった。白は平和、赤は同じ血。) 

 

そう、そして二つ目ね。
 
二つ目の感じたことは、「SAPEUR」の生き方のすばらしさ。
これも言葉にするとなんだか軽い。
 
「非暴力」については度々考えてきました。
暴力がとても身近だったから。
やり返すこと、こてんぱんになるまで相手を痛めつけること。
 
ただ、耐え忍ぶこと。
 
そのどちらも選択できる状況に置かれたとき、ひとは何を選択するのか。
それは、とてもギリギリな質問で。
そして、私はずっと「ただ、耐え忍ぶこと」が「非暴力」とイコールの関係にあると思っていました。
それがね、違うとわかったのが昨日でした。
 
「非暴力」は闘いでした。
武器を持たず、相手を傷つけることを意図した言葉も用いず。
ただ、そのように在るということのみで闘う尊いもの。
それが非暴力だと、昨日、理解しました。
頭ではなく、気持ちで。
 
ただ、そのように在る。
そのむずかしさは言葉にできるようなものではなく。
そして、そのように在り続けるというのは、もっともっと苦しいことで。
 
でもそれを、本当のヨロコビのように「SAPEUR」のひとたちは皆生きていました。
 

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それを実感できたのは、触れたのが展示だけではなかったから、です。 
 
他のひとたちと同じように取材を受ける様子を見ていました。
 
あのひとがセヴランさんか、と思いながら。
 
少しくたびれている様子だな、とか考えながら。

 

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そのすぐあとでした。
セヴランさんと目が合いました。
私の目をそのままそらすことなく、まっすぐ見つめ続けながら静かに歩み寄り、そっと抱きしめてくれたセヴランさん。
大SAPEURと呼ばれる、SAPEURのなかでもみんなの師匠みたいな、大きな存在のひと。
 
抱きしめられて、嬉しくて強く強く抱きしめ返して、ありがとう、と言った私に、彼は、「ありがとう。」と言いました。
 
展示のなかでとても心にのこったエピソードが紹介されていました。
 
それがセヴランさんについてのエピソードでした。

 

 

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「3日で帰れると思っていた。戦火のなか、逃げ惑うひとたちを横目に、大切なSAPEURの命の洋服たちを穴に埋めた。」
 
「どんどん時間は過ぎた。 帰れなかった。 やっと帰れた、夢中で穴を掘り返した。 埋めていたものはすべて、すべてダメになっていた。」
 
「そのときに思った。 戦争は何も生み出さない、すべてを奪う。 軍靴をはくよりも、ずっとおしゃれな靴を履いて、 ユニークなステップをきざんで、軽やかに歩いていきたい。」

 

 

展示されている言葉がもう身体の中にはいってしまったので、元のことばとは違うと思います。
 
このエピソードが、心のなかに深く深く降りてきて、しっかりと根付くのを会場で感じていました。
 
だから、セヴランさんに抱きしめられたときに、笑いかけてくださったときに、たくさんのことを感じて、泣いてしまったんだと思います。
セヴランさんも泣いていました。
一緒にハグした萌子さんも泣いていました。 不思議な体験でした。
 
言葉は「ありがとう。」しかなかった。
私の発したありがとう。
萌子さんのありがとう。
カタコトのセヴランさんのありがとう。
 
それしかなかったのに、気持ちのすべては溶け合って、ぐるぐると渦巻いて、言葉とハグを交し合う私たちのまわりを優しく漂っていました。
 
すばらしい体験でした。

 

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「SAPEUR」として在ると決めて生きるその姿に。
「SAPEUR」として在ることの本当の意味での尊さを纏って沖縄に来ている姿に。
本当に本当に嬉しい気持ちでいっぱいになりました。
 

少し前に、友達と憲法改正や抑止力の必要性の話になった際に。
「実際に、目の前で大切なひとが殺されたら? それでも武器を持つ必要はない、軍隊は必要ないといえるのか?」と聞かれました。
 
必要ない、持たない。と答えました。
大切なひとが目の前で、その仮定だけで苦しくなるくらい、怖い状況を想像しても。
それでも、やっぱり、それをするひとと同じラインに立ってしまってはいけない、と思います。
 
そして、おそらく、目の前にいるそんなひとでさえ、大切なひと、であるから。
 
理想主義だ、現実はそんなに甘くない、といわれても。
日本の外には脅威がいっぱい、といわれても。
闘うことは、何もうまない、と思うから。
 
現実的には、やっぱり最低限の何かは必要だと思うし(警察、とか。)完璧にそれを実現するのってすごい難しいのもわかってる。
痛いことは本当に嫌いだし、こんなことをブログに書いて何かに巻き込まれて万が一怖い目にあったらもう超やだけど、でも、それでも、やっぱり闘わないことを選びます。
 
選ぶだけで怖いけれど。
書いているだけで怖いけれど。
だから「SAPEUR」はすごい。
象徴として、そこに在り続けられる勇気が本当にすごい。

 

これを書くことに満足しているわけでも、そういう人間だとご満悦なわけでもなく。
ただ生きる上で、こういうスタンスで生きることを決めてまた生きていきます。
 
SAPEURに勇気をもらったから。
という静かな気持ちで書きました。
 
読んでくださってありがとうございます。
 
沖縄県在住の方で読んでくださった方は、ぜひ足を運んでみてください。
沖縄市のプラザハウスで開催されています。

 

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この記事の掲載は、許可をいただいて写真を載せました。

展示会場での撮影は許可されています。自由に。

 

ほんとにすばらしかった!!!

 

 「SAPEUR」の写真集や、書籍にはこんなものがありますよ~ん。↓

でも、直接展示場に行って、そこで写真集買ったほうが気持ちがいいと思います。