「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

今、できる範囲で自分を大切にしていくことの重要性。


やりたいことをやっていると、なぜかやれないと思っていたことがするするとやれるように。


不思議・・・


でもないですね。


たぶん本当にエネルギーというものはあって、そして、そこには限りがあるんだと思います。


やりたくないことをやるときと、やりたいことをやるとき、たとえその作業量が同じくらいだったとしても、使うエネルギー量というか必要になるエネルギー量が違う。

誰もが体感しているのではないでしょうか
たぶんね。


それは何でわかるんだろう?
やりたいことと、やりたくないこと、本当にやりたいことと、やりたいことにしちゃってること。
それらの違いはどうやったらわかるんだろうと最近いつも考えていました。

たとえば「時間」はヒントになりそうですよね。


楽しいとき、夢中なとき、過ぎる時間はあっという間で「もうこんな時間か」現象がそこに起きています。

ああでも、「あれ?まだこんな時間か」現象も、特に集中しているときなどありますね。

どっちもある~~

つらいとき、やりたくないとき、うだうだしているとき、すぎる時間はすごく長いような気がするし、でもやっぱり「だらだらしてる時間はあっという間だなー」とも思います。

時間の長さではわからないのかな。


じゃあなにでわかるんだろ。

そこでたどりついたのが「体感」でした。


やりたいことをやってるとき、体の奥底のほうからぐわわわわと何かが上がってくる。それはおなかをあたため胸を熱くし、のどのなかを走りながら頬に抜け、外に出た後に頭のなかをぐるぐるとして、最後頭のてっぺんから、すーっと抜けていきます。

心なしか背筋もしゃんと伸びるし、顔もキリッと締まるような、いつもより美人なような、そんなイメージです。

とてもわかりやすいし、「ああ、好きだ」に体が揺らされてとても気持ちいい瞬間。


では、反対に、やりたくないことはどうかというと。

まず体が少し丸まります。顎が下がり、喉から何かが下りて、すぐに一番下、おなかやもっと底のほうがぎゅーーーーっと縮み、それにつられるかのように顔が歪み、気づくと涙が出ています。

少し、赤ちゃんが泣く前の一瞬に似ているようなイメージです。突然なくのではなく、ああいやだが固まって泣く。

そして、この「いやだ」は体から抜けてくれません、体の中にたまっていきます。


だから、ずーーーっとやりたくないことをやっていると、ある日突然「もう何もできない」と布団から出られなくなるわけです。


ここまでで「やりたいことをやっているとき」「やりたくないことをやっているとき」の自分の状態の差についてはわかりました。
(これはたぶん人それぞれ違うのかな?)


じゃあ最初に書いた「やりたいことやってるとやりたくないことがすーっとできる現象」というのは一体何なんだろうというところに戻すと、やっぱりエネルギー量だと思うんですよね。


やりたいことをやっているときって、何かが湧いてくる、それに突き動かされるように物事に取り組める。
それってやっぱり「エネルギー」気力のようなもの、それが尽きることなくずっと供給される状態。

でも、やりたくないことをやってるとき、エネルギーは内向きにとどまって、しかも腐っていく。

つまり、アウトプットができないわけです。


「やらなきゃ」のエネルギーは、「やろう」の動きにはつながらない。
「やらなきゃ」のエネルギーはどこまでいっても自分を責めることにしかならない。


だから、やりたいことをやらないと。

やりたいことをやっているとき、湧いてくるエネルギーは尽きない。そのエネルギーのなかにいるときに一種の間のようなものができる。

その間のなかで「つい」パッと身体が動く瞬間があります、その瞬間にやりたくないことをやってしまえばいい。


ということで昨日ひとつめの不動産の契約という大きいところが終わりました。

ずっとやりたくなかったのに、です。
不思議だ~。


というわけで、エネルギーというのは大事だな、と。

昨日のカラーセラピーのお客さんにも伝えたけれど、日常の中にある小さなところからそのエネルギーっていうのは増えたり減ったりする。

自分を大切にする、それは自分のなかにある「やりたい」を大切にすること。

食べたい、飲みたい、出かけたい。
あのお仕事がしたい、こっちのお仕事がしたい。

その声を大事にすること。

 

まだまだ練習中です。


どんどんぐるぐるとエネルギー回しながら増やしながら生きていくんだろうなぁーとそんなことを思っています。

 

今の生活の中で、できる範囲で自分を大切にしていく。

その繰り返しの先に本当に「やりたいことだけして生きていくのはできるよ」という言葉が待っているような気がしていて、ちょびっとわくわくです。

捨てる、拾う、抱きしめる。


やりたいことをやる

やりたくないことはやらない


好きなように生きる

 

そう生きようと決めたのは去年の9月でした

特に大きなきっかけがあったわけではなく、7月からガラリと人生の流れが変わり始め、好きなように生きてるひとに出会い、そう生きようと決意し、ひとつひとつの選択を積み重ねてきたというわけです

バイトを辞め

「しなければならない」と思い込んでいたラートに関する活動を手放し

お仕事をいただくための無理を減らし

恐怖から頑張るのをあきらめ

立派な人間になることをやめた

 

食べたくないときにご飯を食べるのもやめたし
飲みたくないときに水を飲むのもやめた

読みたくない成功に関する本を読むのもやめ

いわれたくない言葉を聞くのもやめた


女であろうとするのをやめ
母になろうとするのをやめ
姉であろうとするのをやめ
妹であろうとするのをやめた


家を借りてみるのもやめたし
携帯を使うことをやめた時期もあった


愛想笑いをやめ
したくないひととの世間話をやめ


よい孫でいることをあきらめ
誇りに思ってもらえそうな娘になることもあきらめた


素敵な先輩である自分も手放し
かわいい後輩である自分も手放した

 

のこったのが今の私だ

大して前の自分と変わらないようで、あのころとは大きく違うなと本当に思う

出会うひと出会うひとにも「変わった」と言われるのだから、おそらく変わったんだろうと思う

 

でもね

最近、いろいろな場所でさまざまな立場のひとが

「みんな我慢してる」
「大人は折り合いをつけている」

「やりたいことだけやれるわけがない」
「感謝が足りない」

「好きなことをして生きるにイライラする」

いろんな言葉を発しているのに気づき、ちょびっと不安になるようになった


要するに

自分が「生きたいように生きる」を実践しているときは違和感を持たず、疑問も浮かばなかった「大丈夫」について、他人の目を気にするようになってから自信が持てなくなったということ


そうこうするうちに、ひと月前の卒論の時期のように、「やりたいことがあるのに、やらなければならないことに忙殺されているがためにできない」状態になってしまった

 

これやだーーーーー

これちがうーーーーーー

私もっとできるーーーーー


と大泣きしたのが昨日


いやいやもっとできるってそんな
仕事ためてて、これもその合間合間に息抜きと称して書いていて、ひぃ~~ってなりながらつい書いちゃってるんだけど、携帯とまってて明日不動産に契約料で10万円払わないといけないのに、手元に4000円しかないのにどうしよう


どうしようーーーー

と大泣きしたのが今日


や~だめになるとだめになっていくのが早いですね

と冷静に観察しながらちょっと笑う自分もいるんだけど

なんていうんだろう
たぶん大丈夫なんだ


それでね

あと二週間ちょっとで私は22歳になるんだけど

21の自分にバイバイする前にこれとバイバイすること、というか抱きしめて一緒に進むことに決めました


不安な自分

好きなように生きることなんかできないかもしれないと不安になる自分

のたれじぬかもと思う自分


それらの不安を言い訳に「やらなければならないこと」に逃げている自分


さよならべいびー


やりたいことをやる

そのために生まれてきた私です


うん

それがしっくりくる


「やらなければいけないことを死ぬまでやり続けろ」
と言われたときのおなかのなかとあたまとせなかに感じる違和感

「やりたいことやっていいよ」
と言われたときの足、頬、おなかの底、胸から頬にこみあげてくる嬉しさ


やっぱり

やっぱりやりたいことをやろう


そう思ったらするするとやらなければならないことをこなせるような気がします

やったね


何かっていうとさ

何かっていうとさ


やっぱりそういうことなんだよね!


だからね

きっと大丈夫だね

脳内ハッピーと笑われても、社会のことを何も知らないねと笑われても、「そだね」って笑える


うん

ちょっとずつね

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2500円ケチったら2500円コンビニで使っちゃった話


ちょびっとお金の話


今日ね、本当にむしゃくしゃしてて、何もかも終わってないけど何もしたくなくて、本当にむしゃくしゃしてて

そのときはなんでかわからなかった

歩いてるひとみんな転べばいいのにくらい思ってたんだけどさ

やっぱりなんでかわからなかった


私の悪い癖というか、高校の頃から、本当にむしゃくしゃすると、買いたいもの全部買わずにはいられない、食べずにはいられないという、ストレス解消の仕方があります
(きっと他にもいるよね、これしちゃうひと)

めちゃ吟味するんだけど、何も計算せずにレジ持っていったら、その金額が、、、


「2450円です~」


あら、、、、


で、そのときになんでこんなにむしゃくしゃしてるかわかりました

私今日BBコーヒーに行きたかったんだなぁ……

BBコーヒーっていうコーヒー屋さんは沖縄市泡瀬3-12-12にあるので、私が住んでいるとこからだとタクシーでちょうど2500円くらい


もう完璧だわ

もうそういうことだわ


これよく引き寄せの話のなかで出てくる、「ほしいな」の声を無視したら同じ金額を取られる、みたいな

その話に似てるな~と


っていうかその話そのものだなと

思いながら


いっぱい買った食べ物を食べてるときはにんまりしちゃうので、にんまりしながらひたすらパソコンと向き合っています

で、食べて飲んで、で、またパソコンして

また食べて飲んで、ちょっと寝たりしています


なんだっけ

そう!

ぱって思いついたら、それに従わないと、結局同じ額がぱっとね

まあそれもいいんだけど


でもやっぱり

ちゃんと自分のふとを大事にしたいなぁと、そんなことを思った日でした

ちなみに冷凍スパゲティ2つとスパゲティ1つとお菓子3つとアイスひとつとジュースひとつと牛乳とからあげくん買いました


何が言いたかったんだっけ

2500円使うのしぶって、別のとこで2500円つかった日でした😊

 

昨日読んだこの引き寄せの本の感想書こうと思ったのにな

車のナンバープレートでぞろ目よく見る人必見ですよ、色別にメッセージの内容が!!

一番興奮したポイントでした笑

 

人生が輝きだす YES!の魔法 ~パリコレ&30億ブランドを成功させた!引き寄せの法則
 

 今度詳しく紹介するね笑

誰にでも書けるようで誰にも書けないようでやっぱり誰にでも書けること。

 

「自分らしく生きる」

「好きなように生きる」


とか

「引き寄せの法則」

とか

「全部の自分に〇をつける」

とか

 

本当は全部もうしてるんだよなって思います。

それが心地良いか心地よくないかは別として。

 

どの選択も自分が今の自分に対して思っていることや感じていること、過去の自分に対して思っていることや感じていること、未来の自分に対して思ってること感じてること、それらから選び取ってる。


みんな好きなように生きてるんだよなって。


だから別に「好きなように生きましょう」「ねえ、生きづらいでしょ、ねえ」という押し売り自己啓発がやりたいわけではなく。


ただただ、毎日失敗しながら、ときどきありがとうと言われながら生きているなかで、より気持ちよく生きるためにはどうしたらいいんだろうって考えているから、こんなブログを書いているんだよなって改めて基本に立ち返る時間を過ごしてました。


これを読んでる誰かも、たぶん好きなように生きてる。
たぶんじゃないな、ぜったい。


それが心地よいか心地よくないは別として。


カラーセラピーのリピーターをしてくれたお客さんが「はるなさんに会って、いろいろなことを言語化してもらえると元気がでる、すっきりする」って言ってくれてね。

本当にうれしかった。


私はもともとの性質として、とても暗いところと、とても明るいところ、両極端な部分を持っています。

毎日死にたいし、毎日もっと生きたいと思ってる。

矛盾の日々です。


ほっんとに毎日死にたい。

ほっんとに毎日生きてて楽しい。


よくわかんないなって思うなかで、だれかが私の存在を喜んでくれている。

それってめっちゃありがたいし、めっちゃ生きててよかったって思う瞬間です。


だからといって、そのひとたちのためにひれ伏すわけでもなく身を粉にすることもしないしできないんだけど。


たんたんと自分のできることをやっていく。
その日々が楽しくって面白い。


不思議だな~と思いながら今日も生きてました。

 

やり終えてないものをやり終えて、今している手続き系を終えて、4月の新生活が始まるころ。(留年しちゃったので新生活というのかは謎だけど)


そのとき私は何を考えて何を思ってどんな目で景色を眺めてるんだろう。


みんなから見えないところで忙しいひともいっぱいいるよね。
みんなから見えるところで忙しいひともいっぱいいる。

私はどんな風に生きたいんだろう。


いつか死にたいと思わなくなる日がくるんかなぁと相変わらずめんへらへらなことを思っています。

そんなこと、今日一緒に話をした中学生たちは思わないんだろうかって思うとちょびっと愉快だけど、それさえもやっぱりちょびっとめんへらだよね。笑


なんにせよ、そのころ私は22才です。


20で家族のいろいろなことに片を付け、21で家族を「つくる・ひろげる」感覚を身に着けて。

22で私は何を得て何を捨てるんだろう。


相変わらず、へらへら笑うんだろうね。
ぺたぺた歩いて。
好きにくるくると翻弄されつつ。
本当に言いたいことはなかなか言えず。

どこから出てくんだこの度胸。
どこにいったんだその度胸。
な毎日を。


なんにせよ、もうちょっとしたら1000記事までの道は半分に到達します。
あっという間だったようでめっちゃ長くてあっという間。

たのしみだな~。

望むものすべてを引き寄せる法則


口に出したこと、ブログに書いたことたちが軒並み叶っていく

本当に不思議な世界に生きてる

いい人生を生かしてもらってる
(ありがてーありがてーと毎日言っている)


なんで口に出したら叶うのか

それはなんていうか「世界を信頼する」のと「自分を信頼する」の二つ

 

それらは、引き寄せの法則と呼ばれるものとして社会に広まっていたり、鏡の法則と呼ばれたり、神様からのギフトとか、お天道さまとか、いろんな言い方があるけれど、そのなかでも私にフィットしたのは引き寄せの法則だった

 

引き寄せの法則は意識したときに発動するんじゃないんだよね

ず~~~~っと、毎秒毎秒引き寄せてる

今の現実は自分が何かを感じたいから引き寄せてるもの

悲しいこと
嬉しいこと

全部、自分が何かを感じたくて引き寄せてる


でも意味なんてないよ
それを乗り越えなきゃいけないわけでも学びにしなきゃいけないわけでもない

人生はもっと自由


ただ、岡田哲也さんのこの本でいわれているように

で、ほんとはどうしたいの?

で、ほんとはどうしたいの?

 

 

「で、本当はどうしたいの?」って神様が聞いてるだけ

そしてそれを自分で自分に聞いて、答えを待って、答えを受け取って、実行する勇気を持って、実行する


ただそれだけで望むすべては引き寄せられる

そういうことなんだ


もちろん「何かを引き寄せたい」と意識をそこに向けるのはとても効果的

今の生活への不満にずっと焦点を合わせているよりもよっぽどたくさんのものに出会える


つまり、時間軸を未来からに変えちゃうんだよね


過去の延長に今があるんじゃない

今の延長に未来があるんじゃない


未来から今に時間は流れてる
だからこの瞬間からひとは変われるんだよね

するすると

のびのびと


無理なんかしないでいい

ただちょっと勇気はいるけどね


そんなことを思う夜でした
もう少し詳しく書いてみよう、今度ね


ピアノのライブのお仕事も、カラーセラピーの出店も、PRのお仕事も、ぜんぶぜんぶ


ぜんぶやりたいからやってること

やりたくて仕方がなかったこと

「やりたい」と言い始めてから、気づいてもらえてやらせてもらえるようになったこと


つまりたぶん

たぶんね


引き寄せの法則×世界を信頼する方法

っていうのが身につけば最強なんだよね


みんなに耳打ちしまわっているんだこの話

もっと上手に届けられるようになるといい


生きたいようには生きられる


生きたいように生きたって、失敗するし悲しい思いもするし、苦しいときもある、でも楽しいんだよね

それでいいんだよね

きっとね