「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

「批判をおそれずに、やりたいことをせよ」っていう言葉の意味がわかった!

「批判をおそれずに、やりたいことをせよ」

というようなメッセージや格言というのは結局のところ、批判とはいえど思い当たる箇所がなければ心に傷をつけることもなく通り過ぎるのだから、という話のような気がしている。

 

今日、わたしはずっと好きだったカフェにスタッフとして初出勤した。

面接をしていただいたのは3日前で、面接から数時間後「いつから働けますか」とお返事をいただいた。

 

朝、いつもとは違うお店の入り口、スタッフ側の入り口をくぐり、お客さんは入れないカウンター裏で一通りの説明を聞いている間も、この幸運を信じられず心がふわふわとして。

だけれども、やっぱりこれは本当で、なんだかあっという間の出勤時間だった。

 

もう少しで出勤が終わるな~という時間に、大好きな親子が顔をみにきてくれた。

「はるなちゃんに会いにきたんだよ~」って、嬉しそうに話しかけてくれて、小2の息子さんも喜んでくれているのが伝わって、なんだか胸がじーんとなった。

 

もちろん、完璧人間ではなくスーパーでもないので、いつも通りいろんなドジをしてお客さんに笑われて顔がまっかっかになったり、あたふたして先輩スタッフの方をあわあわさせたりした。

でも、退勤後まかないをいただきながらお店の大きな窓から見える夕日を見て、なんだかとても幸せな出勤だったなぁと振り返れた。

 

ここはもともとお客さんとして通っていたカフェだった。

展示やイベント、散りばめられている文章に惚れ込んでしまって、あるとき本当にふと「ああここで働いてみたい!」そう思った。

そして幸いなことに長期的に予定がすっぽり未定だったので、すぐに面接を申し込み、トントン拍子で初出勤。

 

イベント会場としての顔や、セレクトショップの顔、文化を伝えるひとつのメディアでもあって、誰かの居場所。

「訪れた人にとってのパワースポットになる」という経営理念のある新しい勤め先。

スタッフであるわたしにとっても、なんだかそのまま本当にパワースポットだと、まるっと一日働き終えて思う。

 

新卒捨ててよかったのかなんてわかんないけど、今日もすごい楽しかった!

 

そう、だから「批判をおそれずに、やりたいことをせよ」というメッセージって結局。

人生の主人公はあなたなんだからというメッセージなんだよなと思う。

 

どんな道であれ、どんな選択であれ、それを選んだひと自身が幸福そうに歩んでいれば、きっと誰も何も言うまい。

人の目に怯えていたのではなく、自分のなかにある幻想に怯えていただけ。

 

人生にきっと「こうしないと終わり」だなんてつまらないルールはない。

大学にいかなくてもいい、大学を卒後したあと働かなくてもいい、結婚しなくてもいい、子供を産まなくてもいい。

子供が好きじゃなくてもいい、動物が嫌いでもいい、浪費やえろ~いことが大好きだっていい。

 

んふふ。

 

わたしは今、22年の人生のなかで一番平和な時間を過ごさせてもらっている。

たくさんのひとの愛情のおかげだ。

 

「何がしたいの?」

に対して、まだ答えはない。

何もしたくないわけじゃないけど、言葉にならない。

 

ただただ、今生きていて、はたらく場所があって、美味しいものが食べられて、大事にしてくれるひとたちがいて。

みんな大きな「家族」のようにわたしの周りに当たり前にいてくれる。

 

そんな絶妙さがたまらない。

 

今、そばにいてくれているひとたちは、わたしが「何者でもない」状態で出会ってくれた。そんな「何者でもない」わたしを特別に特別に仕立ててくれた。

 

社会にはいっぱいいっぱい悲しいことも、解決をいそがないといけない問題も、目を背けちゃいけないしんどさも山積み。

だけど、でも、それと、わたしが幸福であり今生きてることが笑っちゃうくらい嬉しいっていうこの気持ちとは関係していなくていい。

 

社会にいっぱい問題があったって、ときどきゼツボーしたくなっちゃったって、だいじょぶ。

 

出会う人それぞれがキラキラしていて特別だ。

何者にもなろうとしなくていい。

 

「ありのまま」が素敵だよというメッセージともまた違う。

もがいて擦りむいて拗ねていじけて、泣いて笑って寄り添って。

そんな葛藤のなか、そんな揺れる波のなかにいる自分を、あなたを、好きだと思うし、素敵だと思う。

 

「何がしたいの?」に答えられなくても大丈夫。 

批判をおそれずに、やりたいことをせよ

ただ、それだけ。

やりたいことが見つからなくて悩む必要もない。

「やりたいことが見つからないや~」って笑って、好きなことをしたらいい。

好きなことが見つからなくていじける必要もない。

「好きなことがないみたいー!!」と大騒ぎして、いつも食べてるそれを食べたらいい。

いつも見ているそれを見たらいいし、いつも出かける場所を楽しめばいい。

 

自分を見張って叱っているその声かけを、ゆっくりとあたたかいものにチェンジしていけばいい。

ひとりじゃできないなら誰かの力を借りたらいい。

 

人間なんて、ど~~~せわかりあえないから、すっごく孤独なのはおばあちゃんになってもおじいちゃんになっても続くだろうけど、そんな孤独な人生のなか、いつも脳内会話してくれる「自分」と仲良しになるのが、案外楽しく100年過ごすための唯一の方法なんじゃないの~~って、最近思うよ。

 

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え~~~意味わかんない~~!ってなったり、こ~~したいんだよ~~!でも~~~!ってなったり。

も~~誰か聞いてくれよ~~教えてくれよ~~ってなったら、会いにきてね。

卒業キャンペーンは無事に満員御礼となりました。

それにともないメニュー内容も一新!

ぜひぜひチェックしてくださいね❤️

 

〜ぴぱぱセラピー、お申し込みはこちら〜

https://ws.formzu.net/fgen/S1744580/

 

<メニュー内容>

カタカムナと呼ばれる音に込められたエネルギーを読み解く知識を用いて「名前」に込められているヒントや、マヤ暦のなかでも13の月の暦と呼ばれるものを用いて生まれ持った能力や人生のエネルギーの流れをお伝えします。

加えて、14色のカラーボトルを用いて色を使って現在の状況やお客様ご自身について言語化をし、今の状況を見つめ自分と向き合い、どのように在りたいかという望みを明確にするお手伝いをします。

1時間以内でできることでも十分だと思いますが、より具体的な相談事(進路や人間関係など)がある場合は1時間以上をおすすめしております。

 

癒したいことがあるお客様もいれば、ただただ自分について知りたい!!というお客様もいます。

現在17歳から60歳までのお客様とお会いしたことがあり、昨年12月から累計で50名様を超えました。

 

どんどんパワーアップしていくので、ぜひピンとくるタイミングで会いにきてくださいね!

 

料金は1時間7000円、1時間以上は1万2000円です。

キャンセルは当日連絡の場合のみ一律2000円いただいております。

 

1時間でできること

・生まれ持った強みや、力をお伝えすること

・現在の状況について俯瞰してみつめること

・心や考え方、感じ方の癖を言語化すること

・「どのようにありたいか」を明確にすること

 

1時間以上(最大2時間)

→1時間でできることに+アルファのイメージです。

・どのような未来を生きたいかを明確にすること

・心や考え方、感じ方の癖を変えること

・引っかかっている過去について見つめ、清算すること

・他、環境や人間関係、家族やお仕事についてなど幅広く相談にのります

 

って真面目に書いてみたけど、お客さんの感想で一番多いのは「よくわかんないけどすっごいよかったー!!」っていう感覚的なものなので、ああもう受けたいっってなったら来てもらえたら!笑

 

 

 

小1男子の「たいへんしながらも、頑張ってるんだよ」にドキッとした。

大学の課題をばばばばーっと提出し終えた2日前くらいから、だんだんとエネルギーが増えてきてるのを感じる。

 

エネルギーは別に目に見えるわけじゃないんだけど、なんとなく内側に感じる動力源みたいなもの。

これがみなぎっていないときはとにかく眠たくて、わたしは人に会っていても喋っていてもぼんやりしてしまう。

 

いつも100であることが良いのではなく、自分が今どのくらいなのかなというのに注意してあげとくのが大事なよう。

でも別に無理したところで、また次の日に休めばいいので、とくになんか「しなければならない」種類の話じゃないんだけど。

 

そう、で、だんだんとレポートに傾けていた分のエネルギーが戻ってきたのを感じながら、ブログをいっぱい書いている。

たまっていたものが出て行くようでとてもスッキリする。

 

身体も精神も水場のようだなと思う。

流れが滞った瞬間に、何かが腐っていく。

腐ったまま過ごすと顔が老けて、身体は前かがみに、歩いているときの目は虚ろになる。

 

(いつもキラキラしゃっきり顔は上向き!がいいというわけではなく、ただ状態の話。)

 

どんな状態でもわりと「あーそうなんや~」と相槌をうつ。

前はここで、「なんでそうなん!?」とプリプリしていたので、自分もさぞしんどかったことだろうと、今更きにかけている。

 

さっきすれ違った親子が可愛かった。

小学3年生くらいのお姉ちゃんと、小学生にあがったばかりのような弟、そしてその弟をおんぶするお父さん。

お姉ちゃんが弟が全然勉強してないとお父さんにチクリ、お父さんが「やばいぞ~やばいぞ~」と逆出川。

その瞬間、涙目になりながら弟くんが「おれだって、そんなだけど頑張ってやってるのに」と主張。

 

「たいへんしながらも、頑張ってるんだよ」

 

という、嘘か本当かはまあわからんのだけど、その言葉になんだかぐぐっときた。

あほかわいい図なんだけど、あほかわいい。

 

心の中で「わかるわかる」と相槌をうつ。

ひとなんて見ているようで見ていなくて、結局自分のこと知ってるのは自分とお天道様なのだ。

 

あなたのメンターは?と聞かれたら真っ先に名前をあげる叔父がいるが(引き受けてるつもりはないだろうけれど)

その叔父もやっぱりそういう「まっとうさ」みたいなのはよく言ってくれていた。

 

なにか筋違いのことをすると物事は滞る。

 

その教えは、シンプルだけれども本当だなと実感中。

嘘や隠しごとがあればあるほど、何かがうまくいかなくなる。

ひとは無意識に相手と言語外でコミュニケーションをとっていて、相手が嘘を付いている場合には表出している言語との不調和を感じ取るのではないかと思う。

 

「嘘はダメだ!」ってことが言いたいんじゃなくて、なんていうか。

ただ、筋違いはいかんなと思って、筋違いをひとつひとつほぐしている最中なので今。

(半年ぶりに恩師に会いに行ったり体育館に行ったり。ためていた手続き系と向き合ったり・・・。)

(まだまだのこっている。やんなっちゃう~。)

 

そう、話がずれちゃったけど、一番書きたかったのは、どんなエネルギー量でもよくて、ただ大事なのは、どんなエネルギー量だったとしても自分は一番自分の味方でいる大切さの話だった。

 

わたし死ぬほど好きな人が去年いたけれど、そのひとが好きだったのは結局、そのひとみたいに自分と接したかったからなんだと最近わかった。

何かくだらないことをベラベラと話して、「そうなん」と言われるだけでよかった。

 

相槌ってよいな~と、そう思う。

エネルギー量が100の自分にも、1の自分にも、「そうなん」と言いたい。

肯定も否定もせず、ただそばにいたい。

 

死ぬまで会話する相手は自分なのだからと、そんな途方もないことを思う。

セラピーに会いにきてくれたお客さんにも一番伝えているのは自分とのパートナーシップの築き方な気がする。

相槌をうつ、ハグをする、無条件に愛を注いでみる。

 

何事もトライアンドエラー。

 

自分が生きやすく生きられる環境を整えるための最初の一歩って意外とちっちゃくても大丈夫。

 

8月もあとはんぶん。

いっぱいお客さんに出会えるといいなぁ。

子どもも大人も変わらんね、何も。

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カラーセラピーやっています!

会うだけでなんだか元気がでて自分を好きになると大好評いただいております。

ただいまmeの大学卒業キャンペーン中、のこり2名さまとなりました。

5000円で簡単マヤ暦鑑定とカタカムナ(姓名からわかることいろいろ)とカラーセラピー!

この機会にぜひぜひm(_ _)m

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使えるし使えない。良いし悪い。愛されるし嫌われる。

「なんだかんだ大学はエネルギー使うからねぇ~」

というのは、最近出会った素敵な大人の人のセリフ。

 

そうかもな~と思いながら、怒涛のレポート週間を終え、今はふぬけている。

でもなんだか上手にふぬけきれず、いろいろなことをわたわたとこなしている。

 

大学3年の夏、いろいろなことが自分のなかでうまくいかず、生活が破綻して、結果としてものすご~~~く少ない数しか単位をとれず、それがあとあと回収できずに留年。

ラートパフォーマーになるんだ!!と思いながら頑張ってみたり、でもどこかうまくいかず。

ライターになるんだ!!と思いながら大失敗。

なんだかカッコがつかない22歳になってしまったな~と思う。

 

そんなこと考えながら、あー単位とれたのかなー、大丈夫かなーと思いながら暮らしてる。

 

のは、あくまでもわたしの一部分でしかないみたいで、今日はいっぱいうさとの新しいデザインの服を着て、子どもたちとはしゃぎ回り、半年ぶりに恩師と再会。

盛りだくさんな1日で、エネルギー調整がうまくいかずキャパ越えで、けっこう楽しみにしていた舞台はすっぽかすことになってしまった。

 

さてさて、ひとって多面的だなという話を昨日、大学でできた『正義への責任』が繋いでくれた友人と北谷ドライブ中にたくさん話した。

横には月が並走して、さとうきびが揺れ、右側には基地があった。

さっきまで食べてたクレープの味がまだ口の中に残ってて、なんだか子どもなんだか大人なんだかよくわからないなと思いながら助手席にいた。

 

そう、それで、割り切れないことのほうが多いという話。

それはいろんなひとを見ながらそう思うけど、自分についてもそう思うし、世界についてもそう思うし、身近な社会についてもそう思う。

わりきれることなんて何もない。

 

あなたも、わたしも、通りすがりのあのひとも、前世も未来も、今も、仕事も、趣味も、なんでもかんでも。

0か100かの世界で生きるひとの割合ってほんのすこしだろうな。

1か99、2か98、3か・・・無数にあるその組み合わせ、いや無数でもないか、でも割合ってほら0.ほにゃららまであるから、やっぱり無数か。

好きだし嫌いだし、上手だし下手だし。

なんかもっと繊細な話なんだけど、上手に言葉にできないし、どこかしたくない自分もいたりする。

 

無数にある割合のなかで、そのひとがそのひとの座標で、そのひとの割合でしか表現できない色の人生を生きている。

誰かがその色を生きているから、両隣のひととの細かな色の差異から、わたしはわたしを認識する。

 

1000記事の半分である500記事まであとちょっとというところで、なんだか突然ブログを上手に書けなくなった。

 

よりよく読まれるように、よりよく届くように、より「イケてる」に近づけるように、というようなことを無意識、自意識ともどもものすごい考えてしまった結果だったんだろうと今だとわかる。

 

今これを書いているのはただただ楽しくて、「情報発信してる!」とも思わないで書いてる。

けれども、どこかの誰かがこれを読んで、「わあいいな」と思ってくださって、そのひとがカラーセラピーを予約してくれて直接出会えたりする。

どこかの誰かが「ああその本いいな」と思って購入してくれたり、感想を送ってくれたりする。

 

わたしもとても多面的だ。

割り切れないところばかり、色もいろいろ、明度暗度もその瞬間ごとに違う。

 

あのひとが「いいひと」なのか「わるいひと」なのかなんて、一生答えはでない。

だって、あのひとは「いいひと」だったし、「わるいひと」だった。

 

わたしも同じだ。

「使える」し「使えない」し、「いい」し「悪い」し、「愛される」し「嫌われる」。

 

どっちか片方だけなんて、たぶんこの世界にはありあえなく、そして、どっちもを受け入れるためにどっちかの経験をとことんするんだろうとそう思う。

その経験の積み重ねは、これまた綺麗すぎる言葉だけれども愛おしいなと感じる。

 

子供はめんどくさいしかわいい。

どっちにしろたいてい好きだ。

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「はるなちゃんは本当にこどもに好かれるねぇ」

と言われて嬉しかった。

 

好かれてるというか、たぶん言語が通じているだけかもしれん。

子どもと喋れるのは、子どもの頃にわかってもらえた経験とわかってもらえなかった経験どちらもして、そしてそれをよくよくわかっているからだ。

 

だー、それについてもわりきれん!笑

わりきれないことが許せなくて、中途半端な自分が許せなくてっていう10代の頃、いっぱい大人から言われたけれどもわからなかったこと。

「世の中にはわりきれないことのほうが多いんだよ」

そう教えてくれたひとたちの顔が思い浮かぶ最近の毎日です。

 

カラーセラピーやっています!

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カラーセラピーのお仕事、本当に好き!会いに来てくれてありがとう。

今日ね、カラーセラピーのお仕事があったんです。とっても嬉しかった!

なにがとっても嬉しかったって、そのお客さんにカラーセラピーをするのはこれが3回目で、初めの頃からのずっとのお客さんで。

これから留学に行くって言って、出発前に受けてくれたんだ。

 

もうめっちゃ嬉しかった!

まず会いに来てくれたのが嬉しかったでしょう、そしてカラーセラピーを受けてくれたのも嬉しかった。

 

でも、たぶん。

何より嬉しかったのは「本当にはるなさんに出会えてよかったです!」って言ってくれたから。

どんどんどんどん魅力が溢れてくる彼女のことが本当に好きです。

 

ひとって変われるんだなとお客さんを通して教えてもらっています。

 

そして、みんな誰かに大切に愛されていて、誰かを大切に愛していて、この世をよくしてっていう、そういうなんだか美しいものをセラピーを通して知ります。

まるで綺麗すぎて、文章にすると嘘みたいだけど、本当のこと。

それを体感できるお仕事ってなんて素敵なんだろうって、わたしはこのお仕事に惚れ込んでいます。

 

周りの大人にはくすっと苦笑いされることがまだまだ多いけど、髪を切りにいくように、ちょっと美味しいものを食べにお出かけするように、自分のきもちを知るためにセラピーを受ける。

そんなお金のつかいかたができるって結構素敵で豊かなことなんじゃないかと思うんです。

 

別に「セラピーなんて」って思うひとはそもそもお客さんとしていらっしゃらないからいいんだ~って思います。

 

わたしは、わたしを選んで会いに来てくれたひとにちゃんとベストを尽くすこと。

それをちゃんと積み上げようと改めて決められました。

 

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今は週に2回のペースでお客さんが来てくれている。

すごく気持ちの良いペース。

 

どんどん自分の感覚も育って来ているのを感じます。

自分の言葉が力を持って行く様子が嬉しくもあり、背筋が伸びるような気持ちもあり。

 

尊敬している心屋仁之助さんが「目の前のひとが絶対大丈夫だ」と信じると言ってたのを思い出して。

それはなんでかっていうと、少し前に来てくれたお客さんが「ぢんさんと同じことをやってるね、大丈夫って伝えてくれてありがとう」と言ってくれたから。

 

もう、ちょ~~~嬉しかった!笑

 

本当にその通りで、それが伝わってるんだってホッとしちゃいました。

 

誰の中にも、「ぜったい大丈夫」があって、それは今どんなにしんどい状況でもいえること。

それは超えられる試練しか与えられないとか、そういう言葉で今の世の中に伝わっているけれど、ひとりで考え込んでいるときはつい忘れてしまうこと。

 

わたしのカラーセラピーは今までの人生に根付いていて、その経験が役にたつというのはとても面白い感覚です。

ゆっくりと自己開示も積み重ねて、よりお客さんに出会いやすい環境をつくっていこう、ゆっくりゆっくり、よんなーよんなー。

 

カラーボトルを使ってのカラーセラピーは実はちょっとしたおまけみたいなもので、お客さんとの会話が主なお仕事の内容です。

話す前に、顔や身体、そのひとがまとっている香りや色合いで、何を考えているのかどのようなことで流れが詰まっているのかがなんでかわからないけど、よくわかります。

それは思い返せば小さい頃からそうで、そんなものは日常生活のなかで何の役にも立たずむしろあるとしんどかったのでしばらく忘れていたものでした。

 

話しながら人の名前が浮かんだりして、最近はお客さんがよく驚きます。

(わたしも心のなかで驚いています。笑)

 

そう、そういう持ち前の洞察力と、読解力、翻訳力が生かされているお仕事だなと今日改めて実感して、なんだかすごく嬉しかった。

 

お客さんの魅力を発見しお伝えするたびに、自分の知らなかった一面に気づかされ、何かが癒えていきます。

 

本当に、このお仕事が大好きです。

今まで会いに来てくださったお客さんのことも大好き、そしてこれから出会うお客さんのことも。

 

カルテをプレゼントするサービスを始めました。

持って生まれた魅力や能力、名前に隠されている人生におけるちょっとした目印のようなものが書いてあります。

 

もうここまできたら、どこまでも振り切ってやろうじゃないかと決めました。

もっともっと精進します。そして、もっともっと緩みます。

 

読んでくれてありがとう!

会いに来てくださる方は下のフォームから、スカイプでのセラピーや、LINE通話、facebookなどの通話も受け付けはじめました。

ぜひ美しい色のボトルによって自分の今を翻訳する喜びを感じてください!

ちょ~たのしいし、ちょ~うれしい時間になると思います。

 

卒業キャンペーンのマヤ暦+カラーセラピー5000円キャンペーンはあと3名さまで締め切ります。

その後は以下のメニュー価格になります。

 

カラーセラピーのみ・・・5000円

カラー+マヤ暦(お客様本人)+姓名判断(カタカムナ)・・・8000円

他オプションをつける(いくつでも)・・・15000円

→オプション内容については下記URLからご確認ください。

 

https://ws.formzu.net/fgen/S1744580/

 

お会いできる日をたのしみにしています~~!てへへ!

糸かけ曼荼羅をした、楽しかった!

糸かけ曼荼羅すごい楽しかった!

 

糸をかけて、かけて、かけて。

素数の数が織りなすこの幾何学模様。うっとりしてしまう。

 

本も絶版だって!笑 あと8冊、あっちゅう間に売れてしまうことでしょう。

はじめての糸かけ曼荼羅

はじめての糸かけ曼荼羅

 

 

 

31、29、23、19、17、11、9、31

 

という数字を見てなにを思いますか。

 

この年齢のことを「かんがえ」ながら、この素数たちを数えながら糸をかけていきます。

 

あら不思議、こんな風になるわけです。

めちゃ楽しいよ。

 

31歳、赤と黄色を混ぜました。

なんだかすごくパッションを感じたからです。

とても楽しみでした。

 

わたしものすごい根暗だったので、というか自己憐憫がひどく、なんていうか「ぜったい20歳になったらしんでやる!!」と決意してたひねくれた子どもだったわけです、笑。

はずかし~~~~。

(「なんで生きてるんだろうね」って小学生はいってすぐ友だちの女の子とカーテンの裏でこっそり話していました。)

(今考えると、あほかわいいよね、いやあほ強めだけれども!)

 

そうそう、それで、31歳が楽しみな自分と出会って嬉しかったわけです。

 

でね、29歳。

なんかも~~全然想像できなくて!

何回やっても失敗。

 

これ、糸かけ曼荼羅後のシェア会でも皆さん言っていましたが、本当に、なんでかわからないけれど失敗してしまう。

「ほころび」という言葉を感じるというか。なんつーか。

 

そう、でも、色を変えたらすんなり。

 

っていう感じですすめていって、糸かけ曼荼羅かんせ~い!というわけです。

 

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わたしなんかまた顔変わったなと自分の写真眺めながら思いました。

顔ってくるくる変わる。

機嫌がわるいときに職員室に行くと、先生に「お前今なにを言っても無駄な顔してるから帰れ」とすぐ追い出されていたのを思い出します。

いや~~、あのときはごめん!

 

じゃなくてなんだっけ。

そう、シェアをね、感想のシェアをしてるときにすごい心にのこった言葉があって。

 

「いろんな出来事が順番にくるから、大丈夫なんだなぁって」

「あのときにあったすごい嫌なこと、トラウマになってしまったこと、今は笑えるんだなって」

 

いろんな素敵なきづきがシェアされていましたが、なんだか今思い出すのはこの二つ。

 

わたしもそう思います。

 

全部の経験があったから、まるっとわたしの色合いになっている。

いくつになったってきついことはあるでしょうし、でも、それでもたぶん大丈夫。

数年後にはニコニコしながら思い出せるはず。

 

2年前に手相を見てもらった時も「あら~~10代まで大変だたねー、20代後半よりあとはなんも苦しいことないよー」とおじちゃんに言われました。

エロ線がなんとやらも言われたけど。

あとそのとき好きだった3人のひとの名前と相性みてもらったら「あーどれでも大丈夫ね!」と、今かんがえたらめんどくさかったんじゃないのかなと思うような返事。

なんだっけ、あと大器晩成型って言われた。

 

話がそれちゃった。

 

そう、そうやねん。

だから、なんていうか、今日は糸かけ曼荼羅がすごい楽しくてよかった!なんかすっごいよかった!

 

 

色についてみんなが「こんな意味でこの色を選びました」とか「こんな感じがして」と話していて、ああやっぱり色っていいなぁって思った日でもありました。

 

しばらくは、カラーセラピーのお仕事続けたいなと思っています。

大好きなお仕事です。わはは。

 

ぜひ、会いに来てね~~!8月は今のところ20分の3予定が埋まりました。あと17枠!

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