「ブログを1000記事書いたら奇跡が起きるよ」
その言葉が本当かを確かめるための過程の記録

まだ、PDCAはうまく回せない。でも、やっぱりブログは楽しい!読めてよかった〜!ヒガシーサーさんのブログレシピ、超おすすめ!

ネタはあるけれど書けないというのはなんでじゃろ、と思い不思議に感じ、とりあえず出してみようと書き始めることにしました。

 

本も毎日2冊ペースで読んでいるし、人との話のなかでも様々なことを考えている。

昨日は音楽を全身に浴びることができ、その瞬間のことも記しておきたいと思いつつ、でも書きたいと思っていない。

 

それはたぶん、貯めていたアフィリエイトのお給料を一気に読みたかった本の購入に使ったところから始まったもやもやでした。

 

ブログで書いた記事を読んでくれたひとが「読みたい!」と思ってくれた本を買ってくれたお金の一部が積もって、たくさんの本になって戻ってきた。

その循環になんだこりゃとびっくりして、「ブログ」ってなんじゃい?となっていたわけです。

 

で、この本を参考に、ブログレシピなるものを記入してみたわけです。 

 

 

もともとこのブログは「収入を得ること」を目的としてはじめたわけではなく「1000記事かいたら奇跡が起きるよ」とニコニコしながら言われた言葉にころっと転がり書き始めたブログです。

そんなブログだから「収益化」とかを真剣に考えても、そもそもの目的とそぐわず、3日坊主どころか2時間坊主とかざらでした。

 

でね、上にリンクを貼ったヒガシーサーさんが執筆された本の中にいくつか心うたれた言葉があって。

 

好きなことを「検索されるように」書く

世の中を一歩一歩進めるために「発信」する(発進する)

好きなことを一つに絞ろう

 

という三つの言葉。

 

なんだか理由はわからなかったけど、この三つの言葉がすごい、こう、心に刺さったわけです。

 

そしてね、最近いつも考えていたのは、何もかもを目に見えないものに委ねるのは違うということ。

「やれるだけのことをやりたい」

そういう思いが自分のなかで強く強く芽生えたのを感じます。

 

ま~やっとそこに気づきたか~って感じだろうなと実家のおばあちゃんを想像すると思います。いつまでたってもかなわない、そういう存在がいるのはすごくツイテルこと!いえーい!

 

で、なんだっけ。

 

そうなの!

 

だからこう、このブログもなんや良くできるなー良くしたいなーと思ってなんか記事書けなくなった。どれもしょ〜もないことに思えちゃって。

何もかも「配慮」に足りていない気がして。

 

そんなことを思いながら、今の自分を等身大に正直にブログレシピに記入して。

 

眺めてみたら、ああこういうことが好きだったんだ、と。

自分のことをよくよく認識できました。

 

「出会うひとにちょっとした喜びを渡す」

「知って嬉しかったことを誰かに伝える」

「そのひとの良いところを伝える」

 

そもそも「伝える」というのは好きなことだったんだな〜と。

でもなんかそれが「独りよがり」になっちゃうのどうなんだろうともやもやしていた

 

ほいでね、わたし0記事だったころは全然できなかった「とりあえずやってみる」がだいぶできるようになってきました。

 

覚悟を決めずに、選択をせずに、目の前のことに飛び込む。

 

飛び込むというよりも、飛びつくが近いかもしれない。

 

そういう「思考の癖」が0記事から400記事以上書き重ねて、自分のなかについたのだなと思うととても嬉しかった。

 

そして、1000記事書き終わるまで、たぶんできることはするけれど「メディア化」まではいけない。

 

そのゴールも見えて、ちょっと安心した。

 

今まで通り書き続けたらいい。

思ったこと、考えたこと。

読んだ本、みた映画、行った先で出会う景色や人。

 

そういうこと、書きためたらいい。

 

そんなに焦ってどこかにいこうとせず、何者かになろうとせず。

 

最初に決めた「1000記事書く」ことを達成しようと思います。

そのあと、読んでくれるひとのことをもっと考えよう、と。

 

読んでくれて、ありがと!

 

そして、ヒガシーサーさん、ありがとう!

 

 ブログやってるひとはレシピみんな書いて「自己分析」するといいはずね。

ただののろけ4

いっぱいの時間を一緒に過ごして、もう5年目に入って、いろんなことがあって、そしてようやくこの生活に終わりが見えそうというときになって、どれだけ隣にいれたことがありがたかったかというのを思い知るという、まあ、ありきたりの流れ。

「パートナーには、好きな人ではなく、関心のあるひとを選ぶといいね」

その言葉に、すごく頷いた。

 

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喧嘩して、怒鳴り合い、ときにはものも投げ、たくさんのひとに迷惑をかけ、相手をいっぱい加害者に仕立て上げ、自分も加害者になりつつ、もういろんなごちゃごちゃを体験させてもらった。

 

まだまだいろんなことあるだろうし、いろんなことお互いに折り合いつけていくんだろうと思う。

来年以降も、一緒にいられるのか、そもそも来年になるまで一緒にいられるのかもわからないし、お互いにとって一番良いようにしかならないのもよくわかる。

ので、一緒にいられる時間をこの一年はいっぱい大事にしたいなぁ〜と。

 

いつも優先順位低めでやってきたけど、ちょっと、生活の仕方変えようかな〜と思った。

 

とはいえ、すき家のとろ〜り3種のチーズ牛丼の特盛を頼みつつ、まあ、今まで通りでいっか、別に、変に力を入れることはないか、と。

また明日の朝には、勝手に服着て出かけたことを怒られるんだろうけど〜〜。

 

女でも男でも人間でも動物でも家庭環境もいろんなことがどうでもよく、こんなに居心地よく、まあときどき喧嘩もするけど、でも、一緒にいられるのは嬉しい。

 

という、お仕事上がりのホッとしたときにいびきかいてるので、ちょっと、しんみりして書いた。

 

おばあちゃんやおじいちゃんが安心するかな〜と思って、あといろいろな制度的な部分で今は過ごしにくいこともあるので、早く結婚したいな〜と思ってるけど。

 

でも、相手はたぶんどっちでもいいんだろうな〜とも思うし、まあ、するならするだろうし、しないならしないんだろうなぁ。

 

そういうことより、明日もピノを買ってきてもらうこととか、カラオケに行きたくなった時に連れていってもらうこととか、くそったれ〜〜〜!!!と罵りたくなったときに受け皿になってもらうとか。

 

もう書ききれんほどの欲望をいつも即時に叶えてもらっているので、特になんていうか、こう、ない。

 

ただ、おっきな動物として毎日同じすみかで過ごせたら幸せだな〜と思うし、そこにもし別の登場人物が登場したら、それはそれでいいなって思ってる。

 

わたしとパートナーの赤ちゃんはみんなを幸せにしてくれると思うし、もし、授からなかったら、血の繋がり関係なく子育てをしていけばいい。

 

いつもご飯をつくって、ドアの鍵をあけておくような。

 

彼がわたしにくれたものは、あの雨の日に、お互いの過去について、大して盛り上がることなくポツポツと話した車のなかのときから、おんなじもの。

 

一定の温度のうれしさ、そしてときどきびっくりするぐらいのきゅんきゅんもくれる。

 

まあ、でも、だから、こうやって、お仕事してる間ずっと隣で眠っててくれるのとか、起きたらいってきます〜って言えるのとか、まあ、好きだなぁ〜って思って。

 

来年のことを想像するとやっぱり寂しいなぁ〜と思う。

あとキャバクラはやっぱりやめてほしいし、勝手に服着るのも許して欲しいな〜。

 

これ朝読んだら恥ずかしいだろうなと思いつつ、寝る!   www.pidakaparuna.space  www.pidakaparuna.space 

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手に取った本が「あたり」だと嬉しくて、つい。

ここ最近、手に取る本すべてが「あたり」。

嬉しくてついついカフェ(ゆにぞん)のなかなのにガッツポーズをしそうになった。

 

あたるとなんかこうガッツポーズしたくなるのは小学生のときに初めて地元の図書館に連れていってもらったときから変わらない。

こんなにたくさんの本があるなんて、しかも読み放題だなんてと、図書館中走り回りたくなったことよく覚えてる。
 
絵本の棚は端から全部読んだ、日本のものも外国のものも、よくわからない英語のものも、とても印象にのこるものものこらないものも全部読んだ。
児童書のところにあるのは外国のファンタジーから読んだ、家の壁一面にあった岩波少年文庫の内容と重なってとても入りやすい世界だったから。
そのあとにはまったのは、日本のファンタジーだった、上橋菜穂子の本を繰り返し繰り返し読んだ。
狼や龍がでてくるものが大好きで、魔法や呪術や星や宇宙のことがいっぱいでてくるものが大好きだった。
 
一通りの児童書、建物の半分を読み終えたあたりで一度ノンフィクションにはまったこともあった、でも、ノンフィクションはライターによって不幸臭がすごいものもあって、なんだか苦手になって離れていった。
 
そのあと端っこの壁のところにあった実用書にはまる、ビーズのつくりかた占いの仕方、手遊びの方法、自然のこと、片っ端から読んで、10冊ぎりぎり借りて、すぐに返して、また借りてを繰り返した。
 
それを終え、大人よう、建物のなかの反対に移動して、大人向けの本をいろいろ眺めるようにもなったが、難しいばっかりで、何も面白く感じず(今でも古典はほとんど読めない、飽きてしまう)、学問の本をよく読むように。
 
なぜ宇宙があるのか、どうして人間は存在するのか、哲学や自然科学の本を好んで読んで、その後「こころ」に興味を持ち精神世界の本を読み漁り。
3、4年何も読まない、読めないブランクがあいて高校に。
 
高校にはいってからは、小論文や現代文の授業が読書のようなものだった。もちろん息抜き程度に小説は読んでたけれど、あの頃は恋愛ものをよく読んだ。
小論文で触れる社会的なことがらが好きで、企業や法人、社会のいろいろな法律や仕組みの話がとても面白かった。
 
読んできた全部の文章が栄養になっているとここ最近特に感じる。
いろんなところでいろんな文章が顔を出す。
そういえばそういうことだったと、いろんな知識が教えてくれる。
 
だから何というわけではないんだけど、「あたり」が続いて嬉しくなって、ついつい「あたり」の感覚に溺れてたあの頃、「あたり」「はずれ」をつけていくのが楽しかった地元の図書館の匂いを思い出して、バーっと書いた。
 
本を読んでいる景色はいつでも思い出せる。
 
家、図書館、電車、居場所なく感じていた教室のなか、授業中にこっそりと読んだ本、バスの中、眠る前まくらの横に。
 
話をするというコミュニケーションよりも、本を読んでいる時間の方が好きだった。
 

よっぽど内向的だったあの頃の自分、そして今の自分のなかにもある内向的なところをなんだか本や、身近にいるひとは無条件に肯定してくれている気がする。

 

ありがたい。

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ちなみに今読んでいる本はこれ。

あとで詳しく。

漫画です。

 

 

このひと大好きで、これも読んでいた。

繕い裁つ人 コミック 全6巻完結セット (KCデラックス)

繕い裁つ人 コミック 全6巻完結セット (KCデラックス)

 

 

あとで、詳しく紹介しよ。

 

「本を出したい」は稼ぎたいから?伝えたいから?それとも・・・

千田琢哉さんの『印税で1億円稼ぐ』を読みました。

なにを隠そう、初の千田本読了!

 

読んだら、本を書くってそういうことか~って面白かったから内容をまとめておきたいと思います。

 

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ちょ~~簡単に要約すると「1億円稼ぎたいと思うひとは執筆じゃない分野で!」っていう内容でした。

 

  1. 本の構成(3部構成)
  2. 内容について(サクサク読みやすい~)
  3. そもそも本を出したいってどういうこと?

 

というわけではじめていきます。

印税で1億円稼ぐ

印税で1億円稼ぐ

 

 

  1. 本の構成(3部構成)

 

3ブロックに分かれているなという印象でした。

 

まず最初のブロックで「本を書きたいひとはどうやって出版までこぎつけるか」という内容。処女作

実践的な話が多かった。最初の本の印税は販促に回せ~~!というアドバイスが、ほほうポイントでしたね。ほほう。

(作家スクールに入るぐらいなら原稿仕上げて持ちこめ!みたいなね)

 

次のブロックは、増版について。つまり「一冊だしたあとどうなるか」の話。とくに頷いたのは「一冊の本で10万部売るんじゃなくて合計で到達したらいいんだよ」というアドバイス。

わたしの大好きな心屋仁之助さんも同じこと行ってた気がします。

 

最後のブロックは、「職業作家の生計の立て方and仕事術」みたいな感じ。え~~そんな振り込まれるんだ!印税!っていう額の話だったけど、5年で50冊とかなんかもう凄すぎて「千田さんってすごいひとなんだな」が後半は強かったです。

(そうなっちゃうとなんか本を書いてる千田さんの気持ちとは違うんじゃないかと、よくわからない考え事もあった。苦笑)

 

本を通じて編集のお仕事をされている方への尊敬と愛が伝わってきて、こういうひととお仕事をしたい!と編集のひとは思われるのかなと妄想・・・。

なんであれ相手の立場を想像するのは大事だなあ。

 

 2. 内容について(サクサク読みやすい~)

 

特に響いた言葉、特に「職業作家になる才能があるか!?編」と「じゃあどうせいっちゅうねん!?編」に分けて紹介したいと思います。

 

そのいち<才能編>

「このくらいなら自分にもかける」という自惚れが、最高の才能。p.14

 

「一般募集している出版社は、意外に多い。」p.32

 

そっか~このレベルで本出せるのか~、いけるんちゃう?と思ったひとは才能あり!ということ。まず勘違いからスタートしたらいいよ~、そして持ち込みで出版できる人は100人に1人だよ、お、今いけるんちゃう?と思ったひとも才能あり!という話でした。

 

そのに<実践編>

「つべこべ言わず、まずは原稿を書き上げてしまおう。」p.29

 

「ブログを毎日綴っておいてよかった。」p.35

 

 

ブログは無料でこれ読んでいいのーー!?!?という内容をアップするべし!という趣旨の言葉に、ぐさり!。わたしのお金払って読みたいと思うかなぁーちーんTTとなったけど、あ、そういう趣旨のブログじゃないし~とすぐ切り替えられました。(なんのはなし)

 

たぶん、この本読み終わると、千田さんすごい!!!ってなるか、よっしゃやったるで!となるかの二パターンの感想を抱くんじゃーないかと思うんですけれど。

自分がどっちのパターンかの考察する前に、そもそも本を出したいってどういうことなのか考え事したほうがいいなと思ったので、それを書きます。

 

 3. そもそも本を出したいってどういうこと?

 

これね、前々からときどき考えていたんです。

なぜなら大学で出会ったひとで10人はいたから!

「本を出したい!」を夢としているひとが。

 

わたし意地悪なので、そのたびに心のなかで思っていたわけです。

「出したいならもう書いてしまえよ!」と。

 

ブログもある、ツイッターもある、フェイスブックもある。

noteもあるし、medium?もある。

電子書籍で販売をしてるひとだっている。

(ある意味での自主出版??どれくらいコストがかかるのか調べなきゃだ!)

 

でもなんとなくわかるなぁとも思って。

 

「無名な自分が本を出しても意味ない」

「こんな自分が本を出せるわけがない」

 

という気持ち、あるよな~って。

 

そう、何を隠そう、わたしも本を出したいわけです。

 

照れる~~~。

(すごくいらない恥じらい)

 

でね、そういう思いを持っていたときに、ある尊敬する大人のひと(本いっぱい出してる)と話しているときに、「ほほう!!!」と思うことを教えてもらったんです。

 

本を出すひとっていうのは、同じことを繰り返し繰り返し伝えているひとだよ。

 

そうにやにやしながら言ってました、いやもうしつこいくらい同じことを言ってる人が本を出すと。

(もちろん、技術書とか学術書とかは別かも。)

 

それを聞いたときに、なんかこう納得したんですよね。

 

「本を出したい」

その思いを分解すると、たぶん純粋な執筆への欲ではない。

 

わたしの場合は、家族に一目置かれたい、が理由でしたね。

ははは。

 

もちろん自分がいっぱい本から刺激をもらって、そういうのを本を通して恩返ししたいというのもあります。そういうひと多いんじゃないかな。でも、もしかしたらそのひとにあった表現方法は「本」じゃないかもしれないんだなぁ~と。

 

まあつまり、自分にとっての良いアウトプット方法は「本」じゃないかもしれないんだよなぁと、そういうことを思いました。

 

けど、こないだ、中学のときの友達が「ブログ読んでるよ!本にしないの??」とメッセージをくれてそれがすっごい嬉しかったので、このブログでしてきたような考え事を体系的にまとめて電子書籍とかで出してみるのは、すごいありかもしれないと、ニヤニヤしています。

 

0→1000の内容、ほとんどが「で、それでなんなんだよ!」というものが多く、大勢のひとが喜んで読んでくれてるのは本のレビュー記事とマヤ暦のこと、容姿についてのことや、セクシュアリティーについて。

 

だいたい人気がないのが日々の考え事ですね。そういうのは多くて300、少なくて150のアクセスです。それだけのひとが読んでくれてるの、純粋に嬉しいんだけど。照

 

まあよんなーよんなーで進んでいきます!

なんてったってこのブログはとことん自己中に自分のために!

1000記事書くことが目標のブログ!

 

書いているだけで、その目標に近づくお得なブログなのですから!どん!

 

印税で1億円稼ぐ

印税で1億円稼ぐ

 

 

 

「大切にされてないなぁ」ってへこむ→ぽこん!

コミュニティでも、仕事でも、講義でも、部活でも、家族でも、パートナーシップでも。

自分が大切にされていないなぁと感じる出来事があると、凹む。

 

わりと、へこむ。

 

どうへこむかというと、「あ~あ、なんかやってられねーぜ」というへこみかたをする。

が、そのあとに、たいてい「でも自分だってひとのこと大事にできてないしなぁ・・・」と反省タイムにはいる。

そこでかなりガッツリへこむ。

 

へこむ。

 

へこむのが続くとなんだか疲れて不機嫌になる。

 

いいことないわけです。

 

そんなへこんだ自分をぽこんっ!と押しもどす動きになるのは「言う」こと、伝えること。

 

たいていの場合「あ~くそやってらんねーばかやろーみんなきらいだーきらいだーこのやろー」っていうモードに入るときは、我慢しているわけです。

 

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(これ、外向きの矢印だとこの言葉になるけど、内向きの矢印の場合「ああ・・・こんなわたしだからこんな目にあうんだわ・・・消えたい・・・ちりになってちりちりになりたい・・・・」となる気がします。)

 

ぽこん!

 

のためには、伝えること。

でも何を。

 

それは、わりと簡単で「なんかやだったー」を言うだけ。

 

「わたし、それされると、なんかやだー」を言うこと。

 

仕事でもなんでも、言うこと。

 

愚痴って発散するのは簡単だけど、ちょっとそれは我慢して、向き合ってみることにトライしてみると、ぽこん!はすぐそこ。

トライするのを決めたなら、その「なんかやだったー」をいい感じの言葉に翻訳すること。

 

それは「わたしはこうされるときもちい」にして伝えるってことだと思っています、今はね。

なんかちょっとえろいけど、でもそういうことだと思うんだよなぁ。

 

愛メッセージとかともいわれるよね、愛、あい、Iね!

 

愚痴って第三者にそれを伝えるんじゃなくて、大切なひととの関係をよくするために、大切な自分のために、それを伝える。

 

言うのっていろんな意味で勇気がいる。

 

たとえば「これを言ったら嫌われちゃうかも(ふられちゃうかも)(クビになるかも)」の恐れ。

たとえば「こんなことを言う資格はわたしにはないわ・・・」のよくわからない卑下。

たとえば「言ったって何もかわんないかも」というめんどくささ。

 

だけど、だからこそそれを乗り越えて言う言葉って、いろんなものがそぎ落とされて伝わる可愛らしい塊になっているんじゃーないかなぁ。

なんか、もはや、きらきらとしていてちょっと綺麗、みたいな。

 

わたしさっきも、かなり勇気を出して、言おうか言わまいかと迷って、言わなくて我慢するの簡単なことを伝えてみたわけです。

(なんで迷ったかっていうと、日頃の行いが悪いから、なんつーか、これ言える立場じゃねーなと思ったから)

(あと、忙しいだろうなぁという遠慮もあった、ちょびっと。)

 

でも、すぐ、秒でお返事いただいて、もうなんか、すごいな~って感動してしまった。

 

まあこれはひとつのケースでしかないけど、うまくいかないこともあるだろうけど、でも、伝えてみるのっていいことなのかもしれんなと思ってこれを書きました。

 

まずは「言ってもいいんだよ~なんでわじわじ~してるのー?」と自分と話すこと。

それから、「で、本当はーどうされたかったんやろ?」と深掘りしてみること。

 

意外と可愛い本音の場合が多いです。

「だってかまって欲しかった!」とか。

「なんか、もっと大切にされたい」とか。

 

まあ、可愛いとめんどくさいって紙一重で、たいていわたしはめんどくさいほうにいるんですけど!ど!ど!

 

あ!!!

ちなみにこれいつも「いいすぎちゃうなぁ・・・」のひとは、逆をやるといいやつですねぇー。

高校生の頃の自分ですねー。

なんでもかんでも言えばいいってもんじゃーない。

言わない強さもある、ですね。

 

で、言わないで待ってると相手から「こういう気持ちでさっきの行動だったんだよー」って説明してもらえることが多い。

 

腹をわるって難しい。

相手を信頼するって、自分で覚悟を決めるって難しい。

 

でも、傷つくのも、傷つけるのも、言ってみるのも、黙ってみるのも、全部どこかで何かの誰かの幸せにつながる。

なにかがよくなる。

 

そう思うと、たぶん、なんか、どっちでもいいね、言えても言えなくても。

 

なんか、言えてないなって思ったら言ってみる。

なんか、言いすぎちゃったなって思ったら黙って待ってみる。

 

そんなこんなで、なんだかんだありつつも、お仕事もコミュニテイもパートナーシップもいい感じです。

 

じまんかっ

 

でもまあときどきはうまくいかないシーズンもきます。

 

そんなもんですね。

 

ぽこん!

 

へこんでも大丈夫が伝わればいいな。

 

この記事に書かれている内容は、主にこの本に書いてある話から学びました。

文庫本ですらすら読めるよ〜。 

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